文=圷 滋夫(あくつ しげお)/Avanti Press

学生「あのー、マルクス・エンゲルスって何ですか?」

先生「“何”じゃなくて人の名前だよ。それもカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスという2人のことね」

学生「あ、そうなんですね!? で、何をした人たちなんですか?」

先生「2人ともドイツの思想家で経済学者、革命家でもあった人だよ。マルクスはエンゲルスの協力を得て、初めて共産主義についてまとめた『共産党宣言』や、資本主義が持つ危険性を説いた『資本論』という本を書いて後に世界的な大ベストセラーになり、20世紀の思想哲学や政治経済、労働運動などに多大な影響を与えたんだ。特に『資本論』は1922年のソビエト連邦成立に始まり、続々と建国された社会主義国家の思想的な拠りどころにもなっていたんだよ。だから彼らが世界を大きく変えたと言っても、決して過言ではないよ」

……なんて会話が交わされたかどうかは知らないが、今やマルクスとエンゲルスの名前を日常会話の中で聞くことはほぼない。1989年にベルリンの壁が崩壊し、1991年にはソ連が終焉を迎え、社会主義国家の限界が見えた頃。日本は80年代後半からバブル景気で盛り上がり、「消費こそ正義!」的な空気が列島中を覆っていた。

そして社会主義も、さらにその理想形とでも言うべき共産主義も完全に過去の遺物となり(日本共産党という政党もあるが、現時点でその考え方は共産主義とは別物)、資本主義の権化のような社会になってしまったのだから、それも仕方がないのだろう。

『マルクス・エンゲルス』4月28日(土)より岩波ホールにてロードショー(全国順次)
(c) AGAT FILMS & CIE - VELVET FILM - ROHFILM - ARTEMIS PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINEMA - JOUROR - 2016

1840年代ヨーロッパの抱えた問題が、現代と重なり合う

あれから早くも四半世紀以上がたち、「どうして今さらマルクス・エンゲルスの映画なの?」という疑問が素直に頭に浮かぶが、実は2018年はマルクス生誕200年に当たるのだ。そしてそれ以上に、本作『マルクス・エンゲルス』を観れば、舞台となった1840年代のヨーロッパが今まさに世界が直面している厳しい状況に重なる、ということが分かるはずだ。

『マルクス・エンゲルス』4月28日(土)より岩波ホールにてロードショー(全国順次)
(c) AGAT FILMS & CIE - VELVET FILM - ROHFILM - ARTEMIS PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINEMA - JOUROR - 2016

当時のヨーロッパでは、産業革命の構造的な歪みが貧富の格差と深刻な差別をもたらし、貧困層が広がっていた。彼らは不当な労働環境の中で搾取され、人としての尊厳を踏みにじられるような生活を強いられて、社会への不満が飽和状態になっていたのだ。そんな状況のもとで血気盛んで頭のキレる若者2人が、世界を変えようと立ち上がるのは自然な流れだろう。

世界を変えた2人の天才の運命的な出会い

本作にはまだ20代の2人が運命的に出会い、意気投合して社会を変革する夢を抱き、共に激動の時代を闘い、ついに1848年に『共産党宣言』を著すまでの青年期の日々が綴られている。それもただ単に教科書に書かれた史実を追うだけではなく、当時を再現する完璧な美術と流れるような美しいカメラによって時代の空気を映し撮り、熱を帯びた若者たちの溢れ出るエネルギーを感じさせてくれる。

そして2人の物語を主旋律とすれば、それぞれの女性とのエピソードが常にハーモニーとして奏でられ、2人のイメージがどんどん広がって行く。貧しい家庭に生まれたマルクス(演じるはアウグスト・ディール)は、人生のほとんどを亡命者として貧困に喘ぎながら過ごし、貴族階級出身の女性と結婚しながらギリギリの生活を送ってきた。

カール・マルクスを演じたアウグスト・ディール。『マルクス・エンゲルス』4月28日(土)より岩波ホールにてロードショー(全国順次)
(c) AGAT FILMS & CIE - VELVET FILM - ROHFILM - ARTEMIS PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINEMA - JOUROR - 2016

逆に裕福な名士の家に生まれながら奔放な性格だったエンゲルス(シュテファン・コナルスケ)は、アイルランド人の貧しい女性と同棲していたが、恋愛に関しても自由に生きてきた。正反対の性格で真逆の私生活を送った2人が、まるで陰と陽を形成するように一つになって歴史を作ったことの不思議さが、鮮やかに浮かび上がってくる面白さがある。

フリードリヒ・エンゲルスア役のシュテファン・コナルスケ。『マルクス・エンゲルス』4月28日(土)より岩波ホールにてロードショー(全国順次)
(c) AGAT FILMS & CIE - VELVET FILM - ROHFILM - ARTEMIS PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINEMA - JOUROR - 2016

後のフェミニズムにも連なるマルクス・エンゲルスの恋人たち

こうして教科書の中では味気ない記号でしかなかった「マルクス」「エンゲルス」「共産主義」「社会主義」といった言葉が躍動し、血が通い始めていることに気が付くだろう。またマルクスの妻イェニーは貴族の家に生れながら、贅沢な暮らしを「死ぬほど退屈な人生」と捨てさり、「反抗心を持って古い社会と闘ってこその幸福」と語る。エンゲルスのパートナーとなるメアリー・バーンズは映画の冒頭、紡績工場の経営者であるエンゲルスの父に対して、過酷な労働状況の改善を直接訴える。彼女らの行動は後のフェミニズムにも連なるもので、つまり本作をその萌芽を描いた作品と見ることも出来るのだ。

マルクスと妻イェニー(ビッキー・クリープス)『マルクス・エンゲルス』4月28日(土)より岩波ホールにてロードショー(全国順次)
(c) AGAT FILMS & CIE - VELVET FILM - ROHFILM - ARTEMIS PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINEMA - JOUROR - 2016

エンドロールに込められたラウル・ペック監督のメッセージとは?

そして、本作を読み解くうえで重要な鍵になり、同時に最も心を揺さぶるシーンは、実は本編が終わった後のエンドロールかもしれない。そこには本編とは直接関係のない、行きすぎた資本主義によって危機的な状況に陥っている今の世界に繋がる20世紀のさまざまなニュース映像と、世界を変える様々な分岐点に立った人物の姿がランダムに映し出される。

投下される爆弾、破壊された戦禍の街、無邪気な子どもたちの笑顔、権力者に対抗する一般市民、株価の数値に一喜一憂する姿、手持ち無沙汰の失業者たち、やむなく生死を賭けて亡命する難民家族、チェ・ゲバラ、ジョン・F・ケネディ、ネルソン・マンデラ、ロナルド・レーガン、そして本作の監督ラウル・ペック監督が自作『ルムンバの叫び』(2000年)で描いたパトリス・ルムンバ(コンゴ独立の父にして初代大統領)も登場する。

『マルクス・エンゲルス』4月28日(土)より岩波ホールにてロードショー(全国順次)
(c) AGAT FILMS & CIE - VELVET FILM - ROHFILM - ARTEMIS PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINEMA - JOUROR - 2016

これらの一連の映像が、マルクスとエンゲルスが生きた時代に重ねられることで、歴史は繰り返され、その源流にはマルクスとエンゲルスがいて、そして今こそ彼らの存在が必要とされている、と監督は伝えようとしているように思える。またその先には、2人が築いた社会主義の概念を上手く取り込んだ新たな資本主義の形を模索するべきだということをも、示唆しているのではないだろうか。