佐藤健が木梨憲武と共演した『いぬやしき』(4月20日より公開)は、人気コミックの映画化作品。漫画の実写映画化は日本でもアメリカでも盛んだが、我が国ではそうした企画が発表されるたびに、賛否両論が巻き起こっている。だが、佐藤健がそこにキャスティングされているとき、不安の声はほとんど見当たらない。その理由は、彼が漫画映画化作品で確かな実績を残してきたからである。

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原作ファンたちも納得した“緋村剣心像”

佐藤健が出演したコミックの実写映画といえば、なんと言っても「るろうに剣心」シリーズだろう。同作で、佐藤健は主人公の緋村剣心を演じている。

三部作となったのは当然、第一作がヒットしたからだが、その大きな要因は原作をこよなく愛する古参の読者からの熱い支持だった。配給元は、早い段階であえて原作ファンだけを集めて試写を敢行。漫画のイメージを損なわない佐藤健の“剣心っぷり”、世界観の構築に目を細めた読者たちは、それぞれがSNSで感想を発信。

既にアニメなど別メディアでも成功をおさめていた「るろ剣」だが、実写映画だから……と色眼鏡で見られることもなく、先入観なしで観客を呼び寄せるきっかけになったのが、愛読者たちのネット上のつぶやきだった。

もちろん、いくらコアな原作ファンを集めたところで映画がダメなら逆効果。思いきったことをしたものだが、制作者たちはそれだけ自信があったのだろう。佐藤健が創り上げた緋村剣心像がいかにすごいかは、いまさら語るまでもない。多くのひとを惹きつける多彩にして求心的な魅力があったからこそ、国民的大ヒットになったのだ。

筆者は、第二作『るろうに剣心 京都大火編』の撮影現場を見学したことがある。佐藤健は後ろ姿の佇まいだけで剣心を感じさせたし、ただ歩くことだけで剣心という存在を浮き彫りにしていた。その静止と歩行に剣心の魂が宿っていて、ドキドキさせられる。

顔ではない。セリフではない。衣装ではない。「そこに居る」ということだけで剣心を実在させていたのである。

その現場で筆者は佐藤健にこう訊いた。「どうして、立っているだけ、歩いているだけで、剣心になってしまうのですか?」と。佐藤健はニヤッと笑って、「コツがあるんですよ。教えないけどね」と答えた。茶目っ気たっぷりのその笑顔は、剣心のそれではなかった。佐藤健の根源的な実力を痛感した瞬間だった。

その指先、その瞳を、決して見逃すな!

『バクマン。』(2015年)でも『亜人』(2017年)でも、佐藤健は漫画原作を悠々とものにしている。

最新作『いぬやしき』では完全なヒールに徹したポジションで、高校生・獅子神皓(ししがみ・ひろ)を力演。宇宙人が起こした事故に接触したことから機械の身体となり、超人的なパワーを使って一大殺戮を繰り広げるキャラクターが獅子神である。

(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社

そんな彼にも、母親への情はある。自分を匿ってくれた女子クラスメイトへの想いだってある。繊細さを胸に秘めながら、けれども佐藤健は一切ブレることなく獅子神を体現している。

冷酷無比なキャラというものは、人間的な感情を加味した瞬間にすべてが崩れてしまうことがあるが、佐藤健はそのような愚を決して犯さない。さじ加減が絶妙なだけではなく、人物の軸を揺るぎなく設置しているから、感情というスパイスを少々ふりかけることで、獅子神の底知れないアイデンティティはむしろ強調される。その采配の正確さは、まさにマシーン並みである。

半裸シーンもあり、鍛え上げられたその肉体に我を忘れる観客も多いかもしれない。もちろん、そこから繰り出されるアクションは生半可なものではない。木梨憲武扮する主人公、犬屋敷壱郎とのクライマックス、新宿上空での空中戦における活劇スキルは圧倒的だ。だが、佐藤健はそうした次元をはるかに超えた次元で、彼ならではのオリジナリティあふれる表現で、観客の神経を支配する。

いぬやしき 佐藤健0F

(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社

獅子神の特殊な能力についてはあえて説明しないが、とにかく指さばきが美しい。動くというより、流れている。速さや力強さではなく、優雅にしてソフトな手のポージングによって、相手は破壊され、倒される。メタリックでデジタルな感性が指先まで通じており、その黒光りするオーラは完全にコントロールされている。抑制によってこそ輝く、無尽蔵の迫力がそこにある。

さらには、本郷奏多演じる親友、安堂直行を見つめるときのまなざしも素晴らしい。温もりと空洞と平面と情緒と不可解さが共にある、形容不可能なあの瞳は、佐藤健からしか生まれない独自の触感でわたしたちの深層を根こそぎ奪い取る。

思わずぽかんとしてしまう。つまり、観客の精神が真空と化す。佐藤健は原作を徹底的に読み込むことで、獅子神の極意を掴み取ったらしい。だが、それだけでまったく説明のつかない魅惑がそこにある。なんなのだろう? あの美しさと、説明できない風情は。

いぬやしき 佐藤健

(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社

佐藤健は漫画へのリスペクトを極限まで積み重ねた先に、単なる実写を超えたリアリティを出現させる名手だ。そのノーブルな顔立ちに見惚れて、彼の演技に潜む類稀なる「技」を逃すのはもったいない。どうか『いぬやしき』で指と瞳の凄みのある競演を体感してほしい。

(文/相田冬二@アドバンスワークス)