5月25日公開の『ゲティ家の身代金』は、『ブレードランナー』(1982年)や『グラディエーター』(2000年)を手がけたリドリー・スコット監督の最新作。かつて実際に起きた誘拐事件をもとにした緊迫感に満ちた一作となっています。

本作で扱うのはセンセーショナルな事件ですが、根底には“家族”というテーマも潜んでいるように見えます。そこで、“世界一有名な誘拐事件”が描く人間ドラマに焦点を当ててご紹介します。

世界一の大富豪なのに、身代金の支払いは断固拒否!

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本作のモチーフとなったのは、1973年にローマで実際に起きた誘拐事件。アメリカ人石油王、ジャン・ポール・ゲティの孫、ポールが誘拐されたというものです。当時、誘拐犯が要求してきた身代金は、日本円にしてなんと50億円! しかし、この事件が世界中で注目を集めたのは、その額の大きさではありませんでした。

ゲティは“世界中の全ての金を手にした”と言われるほどの大富豪で、総資産は1.4兆円にものぼります。そのため、一見、莫大に見える身代金も、彼にとってはたいしたものではありません。ところがゲティは、身代金の支払いを断固拒否! 実は彼は、世界一の富豪であると同時に、稀代の“守銭奴”でもあったのです。

ゲティが身代金の支払いを拒否したことによって誘拐が長引き、ポールの母親であるゲイルは、息子を救うため立ち上がることに。神経をすり減らす誘拐犯との駆け引きに加え、冷酷な義父、ゲティとも闘うことになります。

登場人物たちが発する「家族」というキーワード

本作の特徴は、本来なら誘拐犯と家族・警察が対をなすべきところが、誘拐犯、祖父のゲティ、母のゲイルのトライアングルになっている点です。この関係性は、周りの人を交えながら徐々に形を変えていきますが、作中で登場人物たちがたびたび発する「家族」という言葉、あるいはそれに匹敵する言葉を追っていくと、その変容が浮かび上がってきます。

まず注目したいのが、序盤でゲティの口から出る「娘」という言葉。これは事件が起こる数年前に、疎遠になっていた息子夫婦と、その子どもたちが、ゲティと再会するシーンで発せられるものです。

ゲティは文無しの息子家族を拒絶するかと思いきや、意外にも受け入れて、息子の妻・ゲイルを「娘」と言って歓迎します。このときゲイルは「(娘ではなく)義娘です」と指摘するも、ゲティは「娘同然だ」と返答するのです。このシーンは、後にどんどん歪んでいくゲティ家が、もっとも“家族らしい”時間だったと言えるでしょう。

続いては、誘拐事件の緊張がピークに達する場面での言葉です。ゲイルは「息子のものは家族のもの」といった旨のセリフを発しますが、ここで彼女の指す“家族”には、かつて自分を「娘」と言って迎えてくれたゲティはすでに含まれていないことがわかります。また誘拐犯とゲイルの心の距離が近づくような描写もあり、支払いを拒み続けるゲティの特異性が一層際立って見えてきます。

そして最後にも、ゲイルが発する「家族」というセリフがあります。これは事件のなりゆきを側で見守り続けた人物に向けたものですが、彼はゲイルともゲティとも血の繋がりはありません。それでも事件を通してゲイルとの関係が築かれ、彼女から“家族”と称されるのです。

ゲティは大富豪ゆえに孤独を抱えていた

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登場人物たちが、目の前の問題を解決しようと奔走する間に関係を築いていくのに対し、いつまで経っても誰とも心を交わすことなく孤立したままのゲティ。しかし、彼はただ守銭奴だから身代金を払わないわけでなく、実は一手も二手も先を読んだゆえの判断を下していました。

監督のリドリー・スコットは、「ゲティは富の虚しさ、それに付随しうるダメージを理解し、明確に自覚していたんだ。このテーマを掘り下げつつ、お金でなく息子に対する純粋な愛情に突き動かされるゲイルの剛鉄の意志と交差させるのが面白かった」とコメント。シャープな頭脳と優れた判断力が、ゲティを世界一にまで押し上げましたが、それは同時に彼を孤独へと押しやっていたのかもしれません。

映画公開の2ヶ月前に、ゲティ役を演じていたケビン・スペイシーがセクハラ疑惑で訴えられ、その後わずか9日間でクリストファー・プラマーが役を演じ直したという仰天エピソードもある本作。そうしたハプニングを乗り越え、本年度アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞にノミネートされるなど、さまざまな映画賞で高い評価を受けています。骨太な筆致で描かれる物語に、最後まで目が離せなくなることでしょう。

『ゲティ家の身代金』は5月25日より全国公開。

(鈴木春菜@YOSCA)