昨年公開された『gifted/ギフテッド』のプロモーションで来日したマーク・ウェブ監督が、「大学卒業前後の僕は悲惨だった。“自分が何をすべきか”と悩む辛い時期は誰にもあるでしょう?」とインタビューで筆者に語ったことがあります。

『(500)日のサマー』(2009年)で鮮烈なデビューを飾ったウェブ監督が、この作品よりも前に出会い、10年以上の歳月をかけて映画化を果たした最新作『さよなら、僕のマンハッタン』。サイモン&ガーファンクルの名曲『ニューヨークの少年』をモチーフに、ニューヨークの様々な地区を舞台にした青年の成長物語です。今回は、映画に映るニューヨークの街に潜むメタファーを探っていきたいと思います。

魂を失くしたNY=自分探し中のトーマス

マンハッタン生まれのトーマス(カラム・ターナー)は、大学を卒業し実家を離れて、ダウンタウンのロウワー・イーストサイドに暮らす青年。就職もせずに個人教師のアルバイトをしながら、自分探しの真っ最中。そんな彼の口癖は、「現代のニューヨークには魂がない」。

マンハッタンの商業化が進む前の、危険で魅力的な時代に青春を謳歌した、出版社を経営する父イーサン(ピアース・ブロスナン)や母ジュディス(シンシア・ニクソン)は、同世代の友人が集まると、なくなってしまった伝説のライブハウス、CBGBの話で大盛り上がり。過去にどれだけニューヨークが刺激的だったのか、そんな話ばかり聞かされるトーマス……。

筆者も、商業化が進み始めた頃のマンハッタンで暮らしていました。90年代後半は、マンハッタンのダウンタウンには古い建物が密集し、家賃も比較的安く危険な場所もありました。やがて2000年半ばには商業化の波がマンハッタン全域に拡がり、どこもかしこもキレイで安全な街に。小さな個人商店は消えていき、かわりにスターバックスなどのチェーン店が軒を連ねました。

商業主義に覆いつくされてしまった現代のニューヨークですが、本当に魂まで失ってしまったのでしょうか……? 2016年に筆者がニューヨークへ行ったときには、街の雑踏から独特のバイブがまだまだ感じられました。

アッパーウエストvsロウワーイースト=「父vs息子」の確執

トーマスが住むロウワー・イーストサイド(Lower East Side/LES)は、マンハッタン最南東の地区。2000年代の商業化が進むまでは、治安が悪いため家賃も安く、移民、労働階級、若いアーティストや学生などが住んでいました。商業化された今では、バーやライブハウス、ブティックホテルやレストランが集まるオシャレなエリアに変貌しています。

ロウワー・イーストサイドにあるトーマスのアパートメント

一方、トーマスの両親が住むのは高級住宅地のアッパー・ウエストサイド(Upper West Side/UWS)。セントラルパークの西側に位置しており、ジョン・レノンが射殺されたダコタ・ハウスも目と鼻の先。トーマスの両親が住む74丁目にはスティーヴン・スピルバーグやボノなども住んでいるほどのリッチな地域です。コロンビア大学、リンカーンセンターやアメリカ自然史博物館などもあり、アカデミックな雰囲気が満ちています。

トーマスの両親の高級アパートメント

トーマスの父は「家賃を補助してあげるからアッパー・ウエストに引っ越しなさい」と言います。これには、「自分探しの旅(=ロウワー・イーストサイド)を卒業して、早く、大人(=アッパー・ウエストサイド)になれ」という意味が込められているのかもしれません。

父イーサンとランチ。グランド・セントラル駅構内の観光名所『Grand Central Oyster Bar & Restaurant』

ハイファッションなソーホー=きらきらした社会的成功

息子に変化を求める父イーサンですが、彼には愛人ジョハンナ(ケイト・ベッキンセール)という存在がいます。そのことを知ってしまったトーマスは、なんとか二人を別れさせようと画策しますが、次第にジョハンナに惹かれていきます。

ソーホーでジョハンナを待ち伏せするトーマス

ジョハンナの住まいはソーホー(Soho)。ロウワー・イーストサイドの西側に隣接しています。ロウワー・イーストサイドから徒歩で10分ほどの距離ですが、ガラリと景観が異なる高級地区。

1960年代や70年代は、若いアーティストたちがロフトに住んでいましたが、現在はシャネルやヴィトンなどの高級ブティックやトレンディなレストランが立ち並ぶ、ハイファッションなエリアになっています。

このエリアで筆者はマライア・キャリー、アン・ハサウェイ、ヴィンセント・ギャロなど多くのセレブを見かけました。とくにヴィンセント・ギャロはこの辺りに住んでおり、歩いているのを何度も発見!

アッパー・ウエストサイドを人物に例えると“落ち着いた大学教授”なのに対し、ソーホーは“きらきらした芸能人”のイメージ。トーマスにとって、ソーホーはアッパー・ウエストサイドとは一味違う“社会的成功”のメタファーなのかもしれません。

近くて遠いブルックリン=作家になる夢

さて、本作にはもうひとり重要な人物が登場します。彼の名はW.F.ジェラルド(ジェフ・ブリッジス)。W.F.はトーマスが住むロウワー・イーストサイドのアパートに引っ越してきたばかり。本宅はブルックリンにあり、トーマスがこんな大人になりたいと思うような、クリエイティブで知的な謎めいた男性です。W.F.は、トーマスの作家になる、という夢をあきらめさせようとする父とは正反対で、トーマスの夢をサポートします。

トーマスにとって父親のような存在、W.F.ジェラルド

マンハッタンからイーストリバーを挟み、マンハッタン橋やブルックリン橋を越えて到着するブルックリン。筆者が住んでいた2000年代前半は、子供ができたらマンハッタンから、比較的家賃の安いブルックリンに引越すというのが中流階級の流れでした。しかし、今では富裕層も流れ込み、ブルックリンも場所によってはマンハッタン並みの家賃です。

とはいえ、トーマスの両親のようなアッパー・ウエストサイドの住人にとっては、ブルックリンは“近いけれど遠い場所”。W.F.に象徴されるブルックリンは、トーマスの“作家になる夢”を暗示しているような気がします。

90年代後半のニューヨークでファッションを学んでいた筆者はアパレルの問屋街があるマンハッタンのチェルシーに住み、就職後は大好きなイタリアンレストランが多く、家賃の安いブルックリンのキャロル・ガーデンに引越しました。その後、2000年代前半に結婚しダブルインカムになったのを機に、マンハッタンのアッパー・イーストサイドに移り、隣の地区であるスパニッシュ・ハーレムのデリで英語がまったく通じなかったことに、驚いた記憶があります。

2か月分の家賃さえあればすぐに引越しができること、転職して給料を上げていくような流動的な雇用市場があることから、ニューヨークでは人々が常にエネルギッシュに動いています。世界中の人々が夢を求めて、様々なニューヨークの地区に移り住む……。街そのものが生き物のように変わるのがニューヨークです。

そんなニューヨークのことを、映画パンフレットの中でマーク・ウェブ監督はこう言っています。「私が信じているのはニューヨークが常に進化していること、そして驚くほど雑然としていると同時に美しい街であることです。物語を描くにはピッタリの環境なのです」

(文・此花さくや)