昨年のカンヌ国際映画祭への正式出品を皮切りに、モスクワ、トロントなど世界各地の映画祭を席巻して話題を集めている新鋭・平栁敦子監督作『オー・ルーシー!』(4月28日より公開)。注目すべきは、当代きっての演技派女優・寺島しのぶが中年女性の悲哀をリアルに体現した、ヒロイン節子の生き様です。

イケメン講師のいる英会話教室に一縷の望みを見出す…わけじゃない!

主人公は、寺島しのぶが扮する「ルーシー」こと、川島節子43歳(独身)。OLとして働いてはいるものの、職場では必要最低限の会話しかせず、足の踏み場がないほどの沢山の服や物に埋め尽くされた「汚部屋」暮らし。そんな節子のもとに、ある日突然思いがけない転機が訪れます。

その舞台となるのは、姪っ子の美花に頼まれ渋々足を運んだ、見るからに怪しげな英会話スクール。そこで、マリリン・モンローのようなカツラをかぶり「ルーシー」へと生まれ変わった彼女は、ジョシュ・ハートネット演じるイケメン講師のジョンにハグされ、「ビビビ!!」と恋に落ちるのです。

人生どん詰まりのアラフォー女性が、英会話教室に一縷の望みを見出し、新たな人生を歩み出すという話かと思いきや、そうは問屋が卸しません。

講師のジョンは節子が通い始めた途端教室を辞め、あろうことか美花と一緒にアメリカに帰国。残酷な現実にがっかりしながらも、内なる本能に火がついた節子は、一路カリフォルニアを目指して旅に出ます。しかも、かつて節子の恋人と略奪婚した非情な姉であり、美花の母でもある綾子との二人旅。珍道中にならない理由がありません。

(C) Oh Lucy,LLC

ジョシュ・ハートネットVS役所広司。日米を代表する豪華俳優陣が集結

チャラい英語講師役を務めるジョシュ・ハートネットは、『ヴァージン・スーサイズ』(1999年)で一躍脚光を浴び、『パール・ハーバー』(2001年)を始めとするハリウッド超大作でも主演を務めるような人物。さらに、冴えない中年男性役で役所広司が出演するなど、日米の豪華俳優陣が新人監督のもとに集結し、意外な役どころを披露しているのも見どころの一つ。

予想の斜め上を行く突飛な言動で観客を「あっ」と驚かせ、みるみるうちに泥沼にハマっていく節子の姿は、もはや痛々しさを通り越して、すがすがしささえ感じられるほど。誰がどう見たって悲惨な状況にもかかわらず、どこかコミカルで、笑うしかない節子の姿には、世界各国から反響がありました。

例えば、インディペンデント・スピリット賞の授賞後のパーティでは、米国の名女優、フランシス・マクドーマンドまでもが思わず寺島に駆け寄り、「素晴らしかった!」と健闘ぶりを称えたほど。そのインパクトたるや、もはや世界最高水準なのだと納得させられます。

(C) Oh Lucy,LLC

ハロウィンが定着したのも、閉塞感漂う世の中で、別人になって生きてみたいから!?

金髪のカツラを付けて、ルーシーと名乗った途端、世界がちょっとだけ違って見える。節子のその感覚には、多くの人が共感できるはず。

日本でいつのまにかハロウィンが定着したのも、閉塞感漂う日々のなかで、たった一瞬でも別人になりたいという願望が叶うからではないか、と思わされます。意地もプライドも完全に捨て去ることは出来ないけれど、誰もが「自分の存在を認めて欲しい」「自分の話を聞いて欲しい」と切望しているこの世の中。物に埋めつくされた節子の部屋は、社会の中で窒息しそうな彼女の心象風景と言えるでしょう。

そして、節子を駆り立てたのは、日本人にはあまり馴染みのない「ハグ」という行為。満員電車で見ず知らずの相手と密着しても不快感しか覚えないのに、本当は皆、誰かの温もりを感じていたいと心の底では叫んでいる。こっちの世界に踏み止まるか、新たな世界に飛び込むか——人生は「ピンポン球」一つで変わるのです。

この世界にたった一人でも、現実と繋ぎ止めていてくれる存在があれば、どんなに先が見えない絶望的な状況だとしても、きっと人は生き延びられる。たとえそれが、かつて自分が思い描いていた理想とは遠くかけ離れた、思いもよらない、まだ見ぬ誰かだとしても。人生にどん詰まって、もはやどこにも居場所がないと感じている人に、「どうかこの映画が届きますように!」 と、願わずにはいられません。

(文/渡邊玲子@アドバンスワークス)