『子猫をお願い』(2001年)のチョン・ジェウン監督最新作『蝶の眠り』(5月12日より公開)。昨年10月に開催された第22回釜山国際映画祭でお披露目された本作は、『Love Letter』(1995年)の爆発的ヒットをきっかけに、現在も韓国で絶大な人気を誇る中山美穂と、日本語が堪能な韓国人俳優キム・ジェウクの共演が大きな話題となりました。遺伝性アルツハイマーを患った女性小説家と、彼女を支える韓国人留学生との切ないラブストーリーが主軸ではあるのですが、観終わった後、いずれ誰もが向き合う「人生の終い方」を、ふと考えさせられる作品でもあります。

華やかな日常の裏側で、余命宣告された女性作家が向き合う孤独と新たな恋

主人公は、中山美穂扮する50代前半の人気小説家・松村涼子。

同業の夫と別れた後も、精力的に執筆を続けていた彼女は、ある日医者から母親と同じ遺伝性アルツハイマーであることを告げられます。これから徐々に進行していく病とどう向き合い、どのように人生を終えるべきなのか……。美しいファッションを身に纏い、颯爽と振る舞う華やかな日常生活の裏側で、涼子は来るべき終末へと、一人思いを馳せるのです。

そんな彼女が出会ったのが、キム・ジェウク演じる作家志望の韓国人留学生・チャネ。

涼子が講師を務める大学の学生でありながら、学費稼ぎに追われ、居酒屋のアルバイトに勤しむ日々。ひょんなことから涼子の家に間借りさせてもらうことになったチャネは、手首を痛めて原稿が書けなくなってしまった彼女に変わり、涼子の言葉をパソコンに打ち直す作業を手伝うことになります。そして、いつしか国籍の違いや年齢差をものともせず、師弟関係を超え、涼子に惹かれていくようになるのです。

(C)2017 SIGLO, KING RECORDS, ZOA FILMS

音楽監督を務めるのは、ゴーストライター騒動で注目された新垣隆

本作を語る上で欠かすことが出来ないのが、あのゴーストライター騒動で一躍注目を集めた音楽家・作曲家の新垣隆が、初めて音楽監督を手掛けているということ。

先日開催された舞台挨拶付き試写会では、MCから中山美穂と1970年生まれの同級生であることを明かされ、「皆さん、私の方が若いと思っていらっしゃるんですよね?」とボケて、会場をざわつかせていましたが、音楽に対する姿勢は真剣そのもの。

「昔から映像や映画に音楽を付けるのが夢だった」と語る新垣が奏でるピアノのメロディは、涼子とチャネが辿る切ない運命に寄り添いながら、儚くも濃密な二人の日々に彩りを添えています。

(C)2017 SIGLO, KING RECORDS, ZOA FILMS

ロケ地となったのは、建築界では有名な実在の邸宅

そして、この映画のもうひとつの特徴とも言えるのが、世界中の建築ファンを魅了してやまない「中心のある家」こと、建築家・阿部勤氏が暮らす実在の邸宅を舞台にしていること。

緑豊かな住宅街の三角地帯に建てられたコンクリート造りのその家は、どこかアジアの高級リゾートホテルのような佇まいを見せつつも、風通しが良く、ちゃんと生活感も感じられる、なんとも住み心地の良さそうな場所です。

そこは、自らの余命を知り孤独と向き合う涼子が、唯一くつろげる「城」であり、本の背表紙の色で彩られた本棚は、チャネと過ごした日々の痕跡を鮮やかに残す「砦」のようにも映ります。

ですが、最終的にはこの場所は、ここで過ごした二人の「記憶」を宿らせたまま、本を愛する街の人々に解放され、「偶然の図書館」へと生まれ変わります。

そういった意味からも、本作においてこの建物は単なる舞台装置ではなく、もはや「重要な登場人物の一人」と言っても過言ではないほど、重要な役割を担っているのです。

どこか、ホウ・シャオシェン監督の『珈琲時光』(2003年)やトラン・アン・ユン監督の『ノルウェイの森』(2010年)を彷彿とさせる透明感溢れる美しい映像。その中で突きつけられる、アルツハイマーという現実。病気のせいで自らをコントロールできなくなっていくことに苦しんだ涼子は、突然チャネの前から姿を消し、ある決断を下します。

誰にも弱みを見せることなく、全て自分で決めて行動する涼子が、若くて真っ直ぐなチャネの目には身勝手に映ってしまうのも、無理はないのかもしれません。しかし、人生の折り返し地点に差しかかり、これからどうやって過ごしていこうかと、一瞬でも頭をよぎったことがある人ならば、涼子の行動の裏に隠された切ない想いが、きっと理解できるのではないかと思います。

(文/渡邊玲子@アドバンスワークス)