2006年に公開され、大ヒットしたYUI主演の映画『タイヨウのうた』を、“世界一有名な息子”パトリック・シュワルツェネッガーを主演に迎えて、ハリウッドがリメイクした『ミッドナイト・サン~タイヨウのうた~』(5月11日より公開)。「ティーン向けの難病モノだろう」と侮るなかれ! 元ネタを知らない世代にも、かつて『タイヨウのうた』で号泣したド真ん中の世代にも刺さる、名作に仕上がっているんです。

似ているようで異なる『ミッドナイト・サン~タイヨウのうた~』と『タイヨウのうた』

『ミッドナイト・サン~タイヨウのうた~』のヒロインは、太陽の紫外線に当たると死に至ることもある難病・色素性乾皮症(XP)を患い、幼いころから夜しか外出できずにいる17歳のケイティ。彼女は窓越しに見かけたチャーリーに恋をし、10年間も片思いし続けます。そして、偶然出会ったチャーリーに、なんと一目惚れされるのです。

そもそも本作が誕生したきっかけは、プロデューサーのジョン・リカード率いる製作チームが、映画化に適した作品発掘を行うなか、YUI主演の『タイヨウのうた』と出会ったことにあるそう。

「ヒロインがXPという難病を患っていること」や「彼女がギターで弾き語りをすること」といった作品の核となる要素は生かしつつも、あくまでも「一つの作品として息づくものを作りたかった」というスコット・スピアー監督は、あえて製作段階に入るまで「オリジナル版は観ない」という思い切った選択に出ます。

共通点ではなく、日本版との設定の違いをいくつか挙げるとするならば、まずはヒロインの家庭環境が異なります。ケイティは幼い頃に母親を交通事故で亡くし、それ以降は父子家庭で育ちました。高校の卒業祝いには、母親が使っていたアコースティックギターをプレゼントされます。

また、ケイティが恋するチャーリーにも、水泳選手として将来を期待されながら、肩を痛めて夢を諦めたという背景があるのも、原作とは異なる点です。

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恋愛模様や音楽の素晴らしさだけに留まらない、本作の魅力

そして、この映画を名作たらしめているのは、初恋の甘酸っぱさを「これでもか!」と詰め込みながらも、恋愛以外の要素もしっかり丁寧に描いていることです。共に支え合って生きてきた父と娘の絆や、幼い頃からずっと一緒にいてくれた幼馴染のモルガンとの友情など、本作は良質な人間ドラマとしても楽しむことができます。

それと同時に、本作においては『ONCE ダブリンの街角で』(2007年)や『はじまりのうた』(2014年)といった作品と同じくらい、劇中で主人公が奏でる音楽が重要な役割を担っていて、『ミッド・ナイトサン~タイヨウのうた~』が、輝きに満ちた音楽映画の系譜に連なる作品であると言えることも重要なポイントです。

劇中でケイティが弾き語りする楽曲の数々には、幼い頃から「宿命」を背負って生きてきた彼女の切ない心情がそのまま投影されていて、音楽こそがケイティの生きた証であると思わせるだけの説得力を持っています。

そして、一度はチャーリーとの別れを決意したものの、ずっと支えてくれていた周囲の想いに突き動かされ、最後に人生で最高の夏を過ごすことを選択するケイティ。それこそが、まさにこの映画のクライマックス。ケイティの願いを叶えるため、皆で海へと向かうのですが、そこから繋がる情景描写の美しさと切なさは、観るものの心を揺さぶります。

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低い声はパパ譲り!? シュワルツェネッガーJr.は文句のつけようのないイケメン

ヒロインのケイティに扮するのは、幼い頃から子役やモデル、歌手としても活躍し、ディズニー・チャンネルのヒットドラマシリーズ「シェキラ!」で人気を不動のものにしたベラ・ソーン。

子役上がりというと、それだけでなんとなくスレたイメージを持ってしまいそうですが、ベラについては心配ご無用! その伸びやかな歌声は、父親の愛情をたっぷり浴びて、まっすぐに育ったケイティのキャラクターにピッタリとハマっています。

そして、本作一番の見どころとも言えるのが、チャーリー役を演じたパトリック・シュワルツェネッガーのイケメンぶり!  パトリックは、メジャー映画での主演は本作が初めて。「シュワちゃんの長男」という肩書を一切抜きにして、本作を観れば「こんなイケメン、いままでどこに隠れていたの!?」と、彼の笑顔に骨抜きにされてしまうこと請け合いです。

ちなみにパトリックは「ベラとの相性チェック」をクリアして、オーディションで選ばれたのだそう。低い声は父親譲りかもしれません。

本作では、ケイティが一方的に憐れみの対象となるのではなく、彼女自身が幸せを周りに与えられる存在であるのも素晴らしい点です。たとえケイティが皆と一緒に過ごした時間は短くても、その輝きは決して色褪せることはありません。空を見上げれば、そこにはいつだってケイティがいる。皆を明るく照らす、眩いタイヨウのように。

(文/渡邊玲子@アドバンスワークス)