“世界のミフネ”と呼ばれ、日本映画の黄金時代を創り出した偉大な俳優・三船敏郎のドキュメンタリー映画『MIFUNE:THE LAST SAMURAI』が、5月12日(土)より公開される。本作は、黒澤明監督の『羅生門』(1950年)、『七人の侍』(1954年)、『蜘蛛巣城』(1957年)、『用心棒』(1961年)、『赤ひげ』(1965年)、稲垣浩監督の『宮本武蔵』など、全盛期の三船敏郎が出演した代表作に着目。三船敏郎に影響を受けた、スティーブン・スピルバーグ、マーティン・スコセッシといったハリウッドの巨匠たち、現在の日本映画界を代表する名優・役所広司、彼と仕事をした日本の映画関係者、俳優仲間、家族らの貴重なインタビューや映像資料をもとに、サムライ映画の進化を加速させた三船敏郎の役割と彼の波乱万丈な人生を描いている。

本作のメガホンを取ったのは、日系三世のスティーヴン・オカザキ。アカデミー賞候補4回、1991年にはドキュメンタリー『収容所の長い日々/日系人と結婚した白人女性』でアカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞を受賞した名匠だ。来日したスティーヴン・オカザキ監督にお話を伺った。

困難を極めたインタビュー収録秘話

Q:本作に関わることになった経緯を教えてください。

企画を考えたのは、僕ではなくて。僕が思い付けば良かったんだけれど(笑)。僕が、白石統一郎さん(※『MIFUNE:THE LAST SAMURAI』の企画者のひとり)と話している時、日本の著名なプロデューサーである中沢敏明さんが三船敏郎のドキュメンタリー映画を計画していることを知ったんです。僕は自分を売り込むことは上手ではないんですが、すぐに中沢さんにお会いして、監督に立候補しました。“適任者は僕だ。ぜひ撮らせてくれ”と言いました。

Q:こういう映画に仕上げて欲しいというリクエストはあったのでしょうか?

タイトルを『MIFUNE:THE LAST SAMURAI』にして欲しいということだけです。ほかは僕の好きにやって良いと。寛大な条件でした。

Q:クリエイティヴ面で自由が許される一方、過去の映像資料、著名人や関係者へのインタビューの収録など、かなり苦労したところがあったのでは?

過去の映像資料のライセンス確認や取得は、とても大変でした。2013年にこの企画が立ち上がり、2014年からインタビューの撮影に入りました。高齢のため、健康面に問題を抱えている方が多く、さらにスケジュールの都合もあって、収録に苦労しました。特に、土屋嘉男さんは腰が悪い時期があり、インタビューが実現するまで時間を要しました。国際的な視点を足すため、スティーブン・スピルバーグとマーティン・スコセッシのインタビューを撮りましたが、彼らのスケジュールを押さえることも大変でした。彼らはインタビューを快く承諾してくれたのですが、なかなかスケジュールが出て来なくて。僕は日本人は謙遜する方が多く、自分を褒めることが苦手だと感じています。そういう点で、彼らのインタビューが良い役割を果たしていると思います。

映画観たさにイーストウッドがまさかの直電!

Q:三船敏郎や彼が出演した黒澤明監督作は、世界の映画界にどのような影響を与えたと考えていますか?

黒澤明監督自身も西部劇やジョン・フォード監督作に影響を受けており、お互いが影響し合っていたと思います。黒澤明監督がいなければ、現代の映画の作り方は違っていたはずです。僕の個人的な知り合いが、クリント・イーストウッドに取材をする機会があって。『MIFUNE:THE LAST SAMURAI』の話をしたら、イーストウッド本人が“この映画のコピーをいただけないか”と、電話をしてきたんです。彼は“三船がいなかったら、今の僕はいない。僕のキャリアは、三船の演技のマネをすることから始まったんだ”と言っていました。映画界が影響し合うところは、とても面白いと思います。サム・ペキンパー監督の『ワイルドバンチ』が、『七人の侍』の影響を受けていることもよく知られた話ですし。

Q:本作で三船敏郎との想い出を語っている、加藤武さん、夏木陽介さん、土屋嘉男さん、中島春雄さんは残念ながら、日本公開を待たずにお亡くなりになりました。彼らのインタビューを収録した際、印象に残っているエピソードを教えてください。

彼らは三船について語っている時、素晴らしい時代を生き抜いた過去の自分を振り返っていました。彼らの一部に三船がいたわけです。特に土屋さんは三船ありきというお話をされていましたが、その表情に輝きを感じました。彼らそれぞれにもドキュメンタリー映画があって良いほどの偉大な俳優です。しかし、日本映画の黄金時代を象徴する中島さんですら、時間が経てば忘れ去られてしまいます。彼は常に笑顔でインタビューを受けてくれ、本作を通じて自分の実績にスポットが当ったことをすごく喜んでいるように見えました。中島さんが亡くなった時、ニューヨーク・タイムズ紙は特集を掲載し、今年の米アカデミー賞はトリビュート映像を流しました。最後の最後で彼の成し遂げたことが再評価され、良い人生の終わり方だったのではないかと思っています。三船は映画スタジオに行って、“じゃ、お前が俳優だ”とすぐに決まり、専属俳優になりました。中島さんも同じく、“ゴジラのスーツを着ろ”と言われて俳優になった。改めて、とても面白い時代だったなと思います。

Q:最後に、映画ファンへメッセージをお願い致します。

公開まで時間がかかりましたが、この映画を日本へ持って来ることが出来、とても嬉しく思っています。三船敏郎をリアルタイムで知っている往年の映画ファンの方々はもちろんのこと、彼の映画を観たことのない若者たちにもぜひ観ていただきたいと思っています。

(C)“MIFUNE:THE LAST SAMURAI”Film Partners

映画『MIFUNE:THE LAST SAMURAI』
5月12日(土)より有楽町スバル座ほか全国順次公開
公式サイト:http://mifune-samurai.com/
配給:HIGH BROW CINEMA
(C)“MIFUNE:THE LAST SAMURAI”Film Partners

取材・文/田嶋真理 撮影/横村彰