『ブリキの太鼓』(1979年)で知られるドイツの巨匠フォルカー・シュレンドルフ監督が、79歳にして「どうしても撮りたかった」という熱い思いで完成させた『男と女、モントーク岬で』(5月26日より公開)。誰しもが心の片隅に抱える「もしも、あの時……」という感傷的な思いをザワつかせる、ほろ苦くも艶やかな大人の恋愛映画です。

NYの地で17年ぶりに再会したベストセラー作家の男と敏腕弁護士の女

物語の主人公は、ベルリンを拠点に活躍するベストセラー作家のマックス。新作のプロモーションでニューヨークに滞在中の彼の心をよぎったのは、かつてこの地で出会い、激しい恋に落ちたレベッカのこと。小説のネタを求めて各地をさまよううち、いつしか音信は途絶えてしまったけれど、レベッカこそが「運命の女」だったと確信したマックスは、彼女との日々を綴った小説を携え、17年ぶりに再会を果たします。

いまでは弁護士として成功を収めて、豪華なマンションで猫と暮らすレベッカは、マックスの突然の来訪に戸惑い、一度は彼を冷たくあしらいます。

ところがその翌日、「ロングアイランドのモントーク岬へ行かないか」と、かつて幸せの絶頂にいた二人がたびたび訪れた思い出の地へ、彼女の方からマックスを誘い出します。

(C)Ziegler Film/Franziska Strauss

カーステレオで思い出の曲を嬉しそうにかける男と、それをそっと消す女

中年の男女が十数年ぶりに再会した時に交わされるのは、いったいどんな会話だと思いますか? 

「ここは君の家か?」「いえ、私は清掃係」「あなた太った? 猫には細い人だと話していたの」たったこれだけのやりとりを聞くだけで、小気味よいテンポで軽口を叩きあっていたであろう、若かりし頃の二人が目に浮かぶような気がしてきます。

劣化するどころか、仕事で自信をつけ輝きを増したレベッカを目の当たりにしたマックスが、思わず彼女の友人に「教えてくれ! 彼女は独りか? 相手は?」と詰め寄ってしまうのも無理はありません。そこに、彼女の方からお誘いが掛かったとなれば、マックスが浮足立って服を新調して、待ち合わせ場所へと急ぐのも至極当然と言えるでしょう。

ところが、モントークへと車を走らせる途中、マックスがカーステレオで昔二人がよく聴いていたボブ・ディランの「I Want You」を嬉しそうにかけると、「思い出したわ」と言ってレベッカはその曲を止めてしまいます。

ほのかなときめきと緊張感が交差するこのショート・トリップが、二人にどんな結末をもたらすのか——車窓を流れゆく海岸線の美しさも相まって、徐々に胸が高鳴ります。

(C)Ziegler Film/Franziska Strauss

男が征服感で満たされているとき、女が感じていたのは17年の重み

レベッカの旅の目的は、モントーク岬にある友人の別荘を内見すること。しかし、手違いで鍵が開いておらず、翌日改めて出直すことになります。

当然マックスは「絶好のチャンス!」とばかりに、妻との約束をすっぽかし、彼女に付き合うと言い出します。当時高くて入れなかったレストランで食事を取り、昔泊まったホテルの部屋で一夜を共にする二人。心の片隅では背徳感を覚えつつも、かつて親密だった相手がもたらす心安らぐひとときに抗えない様子が、何度も視線を交わす二人から痛いほど伝わってきます。

でも、実はマックスが征服感で満たされていたその時、レベッカが感じていたのは、17年という歳月のとてつもない重さ。17年の間に、彼女の人生に一体何があったのか。

ようやく重い口を開いたレベッカから語られたのは、いつだって自分のことしか考えてこなかったマックスにとって、思いもよらない衝撃的な事実でした。

レベッカの痛切な告白は、17年ぶりに絆を深めたかのように見えた二人の、天と地ほどもかけ離れた決定的な違いを、残酷なほど浮き彫りにしていくことになるのです。

(C)Ziegler Film/Franziska Strauss

三者三様、魅力溢れる女性陣と、どこか憎めないダメ男

実はレベッカだけでなく、マックスの妻・クララも、ニューヨーク滞在中にアテンドしてくれる出版社の広報のリンジーも、この映画に登場する女性は三者三様、それぞれとても魅力的。

リンジーには、才能があっても男としては問題を抱えるマックスのために、いろいろと便宜を図ってあげる優しさがあり、妻のクララに至っては、夫に頼らず自立するため、孤独をひた隠してニューヨークで奮闘する健気さが光っています。

女性が素敵であればあるほど、マックスのダメっぷりが目立ってしまいますが、演じるステラン・スカルスガルドからにじみ出る人間味と相まって、女性が彼を放っておけない理由も、映画を観ているうちに伝わってきます。

(C)Ziegler Film/Franziska Strauss

最先端のカルチャーの発信地でありながら、歴史の重みも感じさせるニューヨークの街並みと、アンディ・ウォーホルの邸宅があったことでも知られ、美しいモントーク岬を舞台に繰り広げられる、ほろ苦くも芳醇な大人のラブストーリー『男と女、モントーク岬で』。忘れられない相手がいる方であれば、なおさら心に刺さる1本です。

(文/渡邊玲子@アドバンスワークス)