取材・文=大谷隆之/Avanti Press

世界が真っ白になる夢を見た──。映画『四月の永い夢』は、そんな印象的なナレーションで始まる。ファーストカットは、満開の桜並木に喪服でたたずむ女性。詩情あふれる映像にそっと重なるやわらかい声に「あ、どこかで聞いた記憶が……」と感じる人も多いのではないだろうか。

演じているのは、4月5日に逝去した高畑勲監督の長篇アニメーション『かぐや姫の物語』(2013年)で主人公の声を務めた朝倉あき。映画『横道世之介』(同)やドラマ「下町ロケット」(2015年)、「おんな城主 直虎」(2017年)などの作品で凜とした存在感を見せてきた注目の女優だ。

『四月の永い夢』
5月12日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
(c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

台詞以上の何かが伝わる情感豊かな脚本

ヒロインの初海は、東京の国立市で暮らす27歳。以前は中学校で音楽を教えていたが、3年前の春に突然恋人が自ら命を絶ってしまった。それをきっかけに職を離れ、今は近くの蕎麦屋でアルバイトをしている。時間の流れが止まってしまったかのような、一見穏やかな日常。そんなある日、亡き恋人の母・沓子から一通の便りが届く。そこには息子のパソコンから見つかった、初海宛ての最後の手紙が同封されていて……。

静かな水面にさざ波が立つように、少しずつ動き始める初海の世界。ささやかだが大切なその変化を、カメラはじっくり、繊細な手付きで切り取っていく。雄弁な語り口ではない。だが初めて脚本を読んだとき「台詞と台詞の間から、書かれた以上の何かが伝わってきました」と、朝倉さんは振り返る。

『四月の永い夢』
5月12日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
(c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

「初海についても、はっきり感情を表すような言葉はほとんどないんですね。でもシナリオを読んでいると、彼女の気持ちの流れみたいなものが、肌触りのように感じとれて……。とっても情感豊かな作品だなと。役者として、こういうお芝居にチャレンジしてみたいと思いました」(朝倉)

海外でも高く評価される“28歳の俊英”、中川龍太郎監督

監督・脚本は、詩人としても活躍する中川龍太郎。1990年生まれの俊英で、彼女とは同世代にあたる。前作『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2016年)は、親友の自死という実体験に基づいた自伝的色合いの強い作品で、フランスの老舗映画批評誌で高い評価を受けた。今回の『四月の永い夢』は、同じ主題を“残された恋人の視点”で描き直した物語と言ってもいい。

「自分とほぼ変わらない歳の人が、こんなにも普遍的なテーマに挑戦していることへの驚きがとにかく大きかった。尊敬や心強さはもちろんですが、正直に言うと、口惜しさみたいな感情もあったと思います(笑)」(朝倉)

『四月の永い夢』
5月12日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
(c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

昨年のモスクワ国際映画祭では、「詩的な言葉の表現と穏やかな映像を通して人生の大事なエッセンスを伝えている」との選評で、2冠を獲得した本作。劇中の初海は長い時間をかけて、取り返しのつかない喪失もまた人生の一部であることを受け入れていく。大切な存在をなくした経験のある人なら、静かに深く共感してしまうキャラクター。だが、実際に演じるにあたっては「事前に作り込みすぎないことを強く意識した」と朝倉さん。

内面を掘り下げるのではなく、ニュートラルな状態を作りだす

「自分でも自分の気持ちの置きどころがわからない。初海はそういう女性だと感じたんですね。私が、自分を投影したり感情の繋がりを考えたりすればするほど、要らないものが混じってしまう気がした。むしろシーンごとに気持ちがコロコロ変わっていくように見える方が、この作品には合っているのかなと。現場では中川監督に、彼女の立ち方から目線の動きまで、細かい部分を一つひとつ教えていただいて……。それぞれの場面では自然なリアリティーがありながら、観る方によっていろいろな取り方ができる。そういうキャラクター像を時間をかけて作っていきました」(朝倉)

『四月の永い夢』
5月12日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
(c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

高畑勲監督も惹き付けた“声”がキャスティングの理由

内面を作り込むアプローチではなく、むしろ意図的にフラットでニュートラルな状態を作りだすアプローチ。これまでたくさんの役を演じてきた朝倉さんにとって、それは新鮮な発見でもあったという。

「演者がどう思うかじゃなくて、むしろどう見えるかが重要っていうのかな。特に本作の場合、そのために必要な環境を監督とスタッフさんがとんでもない手間と熱量で作ってくださっていたので(笑)。そこで自分がやるべきことは意外にシンプルなのかもしれないって学べた気がします」(朝倉)

『四月の永い夢』
5月12日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
(c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

中川監督がヒロイン・初海役に朝倉さんをキャスティングした大きな理由が、彼女の声だったという事実も興味深い。かつて親友を亡くして打ちひしがれていた時期、ただひとつ心に届いたのが映画『かぐや姫の物語』と、その主人公を演じる朝倉さんの声だったという。たしかに初海のまとう凜とした存在感や、それでいてどこか他者に対して壁を作っている雰囲気は、高畑監督が造形したかぐや姫と重ならなくもない。本人に直接、その仮説をぶつけてみると……。

「キャラクターとしての共通点は、自分としては正直それほど感じてなかったかな(笑)。声のトーンよりも、やっぱり今回は身体を使って表現するという部分が大きかったと思う。でも中川監督が、そうやって声で初海役にイメージしてくださったというのは、素直に嬉しいですね」(朝倉)

映画を彩る東京・国立市のロケーション

物語のおもな舞台となるのは、国立市。初海がアルバイトしている蕎麦屋や、行きつけの古い喫茶店、弁当を広げる公園や銭湯など、多くのシーンが実際の場所でロケ撮影されている。住み心地のよい郊外の街でゆったり流れる時間を身近に感じられるのも、本作の魅力のひとつ。

「私は今回の撮影で初めて訪れましたが、きっと住民の方々がみんなで愛し、育ててきた街なんでしょうね。初海が学生時代から住んでいる部屋も、すごく居心地がよかった。外見はごく普通の木造アパートなんですが、その中にあるモノそれぞれに亡くなった彼の記憶が滲むよう、美術さんが細かく作り込んでおられて……。私はただ、その空間にいるだけでよかった。実を言うと、そこで寝っ転がってマンガを読んだりしているシーンが、個人的には一番気に入ってるんです(笑)。彼女の素が、自然に出ている気がして」(朝倉)

『四月の永い夢』
5月12日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
(c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

ベテラン・高橋惠子と向き合って受け取ったもの

近くの染物工場で働く青年・志熊(三浦貴大)との交流や、恋人の暴力に悩みながらジャズ・シンガーを目指している元教え子(川崎ゆり子)との再会など忘れがたいエピソードを挟みつつ、淡々と流れていく時間。だが物語の後半、初海が亡き恋人の両親が住む富山を訪れるところから、ノスタルジックなトーンが微かな熱を帯び始める。温かく迎えてくれた母親の沓子(高橋惠子)を前に、心の奥にずっと押し込めていた“ある秘密”を切り出す初海。その瞬間、激しく振れる初海の感情と、それを受け止める沓子の(哀しみと諦念を多分に含む)優しさが、観る人の心を大きく揺さぶる。

『四月の永い夢』
5月12日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
(c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

「高橋さんとは今回、初めて共演させていただきました。休憩中にお話ししているときは、本当に気さくで優しい方なんです。でも本番になると、それこそ穏やかさの中から台詞の一つひとつが浮き上がってくるような存在感がある。月並みな表現ですが、『ああ、お芝居をするってこういうことなんだな』と。すごく刺激を受けました」(朝倉)

今はただ、一つひとつの作品にしっかり関わりたい

2006年に「東宝シンデレラオーディション」の最終審査に残り、その2年後にスクリーンデビュー。映画、テレビ、舞台、ラジオドラマと活動の幅を広げてきた。2014年から1年ほど活動を休止していた時期もあったが、今は「できるだけ多くの現場に参加したい」と語る。

「こういう女優になりたいとか、はっきりしたイメージがあるわけではないんです(笑)。むしろ一つひとつの作品にしっかり関わって、その都度『頼んでよかった』と思っていただける存在にならなきゃなと。もし日本映画が好きで、中川監督の作品をまだご存知ない方は、ぜひ『四月の永い夢』を観ていただけると嬉しいです。モラトリアムという言葉とはちょっと違う……立ち止まっているわけじゃないんだけど、まだ歩み出してもいない人生の不思議な時間を、すごく丁寧に描いた作品になっていると思います」(朝倉)

撮影:栗原論

『四月の永い夢』

出演:朝倉あき、三浦貴大、川崎ゆり子、高橋由美子、青柳文子、森次晃嗣、志賀廣太郎、高橋惠子
監督・脚本:中川龍太郎
配給:ギャガ・プラス