昨日までテレビで明るく振舞っていた芸能人が突如命を絶つ……表舞台の姿が全てではないと頭では理解していても、そんなニュースを目にすると、少なからず衝撃を覚えてしまうものです。公開中の映画『ダリダ~あまい囁き~』は、華やかな表の顔からは想像もつかないほど、苦難に見舞われた人生を送る歌姫ダリダの姿を描きますが、とにかく彼女の人生が壮絶すぎるんです。

(c)2017 BETHSABEE MUCHO-PATHE PRODUCTION-TF1 FILMS PRODUCTION-JOUROR CINEMA

華やかな舞台で放った歌手としての輝き

生まれ故郷のエジプトで、ミス・エジプトの栄冠にも輝いたことのあるダリダ。その美貌をいかしモデルとして活躍すると、20代前半で渡仏し、歌手として瞬く間に大ブレイク。デビューから2ヶ月後に出した「バンビーノ」は、3週間で30万枚というセールスを記録し、当時のジャーナリストが「フランスは『バンビーノ』でおかしくなってしまった!」と書き立てるほどの国民的人気を獲得。類まれな美貌と確かな歌唱力で一気にスターダムを駆け上がっていきます。

「パローレ パローレ」のフレーズで一世を風靡したアラン・ドロンとのデュエット曲「あまい囁き」や、ディスコ路線への移行も成功を収め、浮き沈みの激しい音楽業界で、常に第一線で活躍していた彼女。映画でも、ステージに立つ彼女は、堂々とした立ち振る舞いで楽曲をパワフルに歌い上げ、人生に対する不安の色など微塵も感じさせないように描かれています。

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恋に狂わされた孤独な女性としての素顔

歌手としてこの上ない人生を送ったダリダ。しかしその人生は恋に狂わされた、想像を絶する苦難の連続でした。28歳の時に5年間関係が続いたラジオ局の芸術監督ルシアンと結婚。しかし結婚生活は上手くいかず、1ヶ月後にはポーランド人画家と不倫。燃え上がるような恋と出会っては、身を切られるような別れを繰り返す……こうして恋多き“茨の道”が始まってしまいます。

33歳になったダリダは、イタリア人歌手のルイジと恋に落ちますが、その僅か1年後に彼が拳銃をつかい自ら命を絶ちます。理由はサンレモ音楽祭の一次予選で落選したことに対する絶望でした。もしかしたら、スターとしてステージで輝きを見せるダリダとの才能の差に、ルイジは絶望してしまったのかもしれません。しかも第一発見者になってしまったダリダ。そのショックは想像に難くありません。彼女は、後を追うように睡眠薬を過剰摂取し、5日間にわたる昏睡状態の後、一命を取り留めます。

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悲劇に追い討ちをかける、愛する人に訪れた立てつづけの死

恋人の死を乗り越え、弟と共に新会社を設立し新たなスタートを切ったダリダ。しかしその直後、37歳となった彼女をまたしても悲劇が襲います。離婚後も良い友人関係を築いていた元夫のルシアンが、自らの頭を銃で撃ち抜いてしまったのです。ギャンブルで大金を失ったことがその原因でした。

さらに39歳の時にはリシャールという男性と出会い、またしても情熱的な恋に落ちます。しかし多忙を極める彼女とは裏腹に、暇を持て余すリシャールとの溝は次第に広がり、この恋も、48歳の時に破綻。そして、別れから2年後、リシャールも自ら命を絶ってしまいます。

愛した男が3人もこの世を去る――生きる気力すら奪われる深い悲しみの中にいたダリダは、常に孤独の影が付きまとい、華やかなステージ上とは同一人物とは思えない表情を浮かべることもあったそう。しかし皮肉なことに、深い悲しみは歌手としての表現力を高め、情感あふれる歌へと昇華させていくのです。だからこそ、デビュー以来30年もの間、第一線を走り続けてこられたのでしょう……。

(c)2017 BETHSABEE MUCHO-PATHE PRODUCTION-TF1 FILMS PRODUCTION-JOUROR CINEMA

最期は、愛した男たちと同じように自ら命を絶ち、自宅の寝室で54歳の生涯を終えたダリダ。「この愛は私を殺す これが続くなら独りで命を絶つわ」という自身の代表曲「灰色の途」の歌詞のとおりの最期を遂げてしまうのです。

この曲を歌い上げる歌声は真に迫るものがありますが、その裏側にあった彼女の人生を思うと、胸が苦しくなると同時に、伝説の歌姫たる理由をまざまざと見せつけられているような気がします。

(文/ケヴィン太郎・サンクレイオ翼)