文=圷滋夫(あくつ しげお)/Avanti Press

昨年末、大晦日恒例の人気お笑い番組の特番で、顔を黒く塗ったコントが放送されてSNS上で論争となった。この顔を黒く塗って黒人の真似をする“ブラックフェイス”は、アメリカではそこに黒人へのリスペクトや差別の意図があってもなくても、その行為自体が差別だとされている。日本では黒人差別に関する意識は低く、その事を実感することは難しいかもしれない。しかし、もしブラック・カルチャーが好きで少しでもこの問題に興味があるのであれば、是非この映画を観て考えてみて欲しい。

偉大な黒人作家ボールドウィンの未完作を映像化

5月12日公開の『私はあなたのニグロではない』はアメリカのもっとも偉大な作家の一人であり、詩人そして公民権運動家でもあったジェームズ・ボールドウィンによる、1979年の未完の原稿「Remember This House」を映画化したものだ。

ボールドウィンの友人であったマーティン・ルーサー・キング、マルコムXという公民権運動のカリスマ指導者と、彼らほどは知られていないが、ミシシッピ州でやはり公民権運動の指導者として活動していた友人メドガー・エヴァーズの3人の生きざまと暗殺を軸に、黒人差別の歴史と差別の本質に迫っている。

そこでは、人種やジェンダー(生物学的ではなく、社会的・文化的な文脈で形成された性別)、階級による差別についてまだ語られることのなかった時代に、鋭い批評眼と粘り強い探究心を持ってそれらをあぶり出し、FBIの危険人物リストに登録されたという社会評論家・ボールドウィンの姿が浮かび上がる。

物語はすべてボールドウィンの本やエッセーなどに書かれた言葉と、講演やテレビ番組、インタビューでの本人による肉声によって進行する。彼の示唆に富んだ様々な言葉に、関連するニュースや映画などのアーカイヴ映像が重ねられ、そのイメージを具現化する。

さまざまな映像で突き付けられる黒人差別の歴史

『私はあなたのニグロではない』
5月12日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー

興味深いのは、ボールドウィンは1987年に亡くなっているが、選ばれた映像の中には最近の事件やニュースも多く含まれていることだ。それはボールドウィンの言葉が現在にも、いやむしろ現在にこそ予言のように一層強い影響を及ぼし、今も我々の感情を掻き立てているということを示している。

選ばれた映像は多岐に渡る。ビリー・ホリデイが“奇妙な果実”に喩えて歌った、木の枝に首を括られた黒人の死体の写真。50年代に白人だけが通う高校に1人で登校する黒人の少女(ジョージ・クルーニーが監督最新作『サバービコン』で描く状況と似ている)。「武器を持て!」と煽るマルコムXと非暴力主義を貫くキング牧師の、TV番組での激論とその後の立場の接近。非暴力主義に成功をもたらした、1963年のアラバマ州バーミングハム運動。1992年のロサンゼルス暴動と、そのきっかけとなったロドニー・キング事件。黒人少年が白人警官に射殺されたことに端を発する2014年のミズーリ州ファーガソン暴動……。

中でも最も胸を打つのがキング牧師の葬儀の場面だ。黒人の詩人ダドリー・ランドール(ドラマ「This is Us〜36歳、これから」の黒人の子どもの名前は、子どもを捨てた父がランドールの詩集を持っていたことから付けられた)がバーミングハム運動のデモを詠んだ悲しい詩「Ballad of Birmingham」にメロディーをつけた哀切極まりない歌が流れる中で、デモと長い葬列の様子が重ねて描写される。そして『キング・コング』(1933年)、『駅馬車』(1939年)、『招かれざる客』(1967年)ほか、差別意識を内在している数々の映画からの映像も登場する。

白人の視線で作られた“古き良きアメリカ”像に疑問符を

『私はあなたのニグロではない』
5月12日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー

ボールドウィンは自らの言葉とこれらの映像から、白人と黒人それぞれの視点の違いを説く。そして教会や学校、労働組合での人種の壁、無知であることの罪、そして黒人に好意的な白人リベラルの、無意識の欺瞞までをも暴き出す。

思うに、よく言われる“古き良きアメリカ”というベトナム戦争以前のアメリカを表すフレーズには、“白人にとって”という言葉が抜けている。本作を観ればそれを実感できるだろう。こうして本作の監督ラウル・ペックは、ボールドウィンの未完の作品を引き受け、その遺志を継いで、自らの手によって映像作品として見事に完成させたと言えるだろう。

映画としては、まず作品の縦軸となるボールドウィンの言葉そのものが文学的な響きをたたえ、それを読み上げるサミュエル・L・ジャクソンの深く落ち着いた声とあいまって、独特の格調高いトーンを醸し出す。

また本作のために撮り下ろされた、まるで写真家ソール・ライターのような憂いを含んだ美しい風景の映像が何度も挿入され、そこにピアノとトランペットにミニマルな弦楽器を配した、マイルス・デイヴィスのように静謐でクールなスコアが重なり、本作の洗練されたルックをさらに高めている。

“Black Lives Matter(黒人の命だって大切なんだ)”の叫び

『私はあなたのニグロではない』
5月12日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー

本作が完成したのは2016年だが、この中で描かれているすべてのことが、2017年以降に起こった出来事にも繋がっている。

ペック監督は本作の冒頭で「Black Lives Matter(ブラック・ライヴズ・マター=黒人の命だって大切なんだよ)」と書かれた横断幕を見せている。これは本作の中盤で映し出される、若くして命を落とした罪なき少年少女たちの写真の1人、トレイヴォン・マーティンが2012年に自警団の白人男性によって射殺された事件から巻き起こった人権運動の名称だ。それはその後の様々なブラック・カルチャーに通底する精神的なテーマにもなっていて、特にトランプ政権成立以降、より一層その意義を増している。

2017年のアカデミー賞で作品賞を受賞した2人の黒人青年の繊細な愛を描いた『ムーンライト』(2017年)。黒人ヒーローが大活躍し記録的な大ヒットとなった映画『ブラックパンサー』(2018年)。黒人であることを讃える圧倒的なパフォーマンスで歴史的な名演と絶賛されたコーチェラ・フェスでのビヨンセ。そして本作のエンドロールを飾り、『ブラックパンサー』の音楽にも関わるケンドリック・ラマーは、優れた報道や文学、作曲などに与えられるアメリカで最も権威のあるピューリッツァー賞を今年受賞したのだ。

本作は過去の人種差別を検証するだけではなく、現在にも影響を及ぼし、そして未来をも変えていく力を持った作品だ。先に「ペック監督は見事に完成させた」と書いたが、もしかしたら明日以降に起こる出来事の映像を私たちが頭の中で繋いで私たち自身がおのおの完成させる作品であり、それはいつの日か、差別が根絶されるまで続くのかもしれない。