文=赤尾美香/Avanti Press

現在放映中のNHK連続テレビ小説『半分、青い。』が好きだ。1カ月ほど前になるが、こんなエピソードがあった。

高校を卒業する主人公の鈴愛(すずめ)は、祖父がコネで決めてくれた地元(岐阜の田舎町)農協への就職を止めて、東京で漫画家アシスタントをしたいと言い出す。すったもんだの末、鈴愛は東京に行けることになり大喜び。そんな娘の姿を見ながら母は言う。「鈴愛は楽しいことばっかりでいいね。お母ちゃんは寂しいことばっかり。あんたは18だけど、お母ちゃんの中には、3つのあんたも、5つのあんたも、13歳のあんたも全部いる。まだいる。大人だと言われても……。お母ちゃんは、寂しい」。

朝も早よから泣かされながら私は、「こういうことなんだな」と、腑に落ちた。頭に浮かんでいたのは『レディ・バード』の主人公、自称“レディ・バード”ことクリスティンと、彼女の母マリオンだ。

ぶつかり、仲直り、またぶつかる娘と母

『レディ・バード』
6月1日(金)よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
(c)Merie Wallace, courtesy of A24

映画『レディ・バード』は、カリフォルニア州サクラメントに暮らす女子高生クリスティンの、高校最後の1年を追った物語。周囲の人間に“レディ・バード”と自分を呼ばせるクリスティンは、カトリック系の高校に通っている。失業中の父、看護師として家計を支える母、一流大学を出たにもかかわらず近所のスーパーで働く兄(養子)と兄の恋人の5人暮らし。

「文化のあるニューヨークやニューハンプシャーにある大学に行きたい」と言うクリスティンに母は激怒。「地元でいいじゃないか」と。お互い歩み寄りを見せないまま日々は過ぎていく。

『レディ・バード』
6月1日(金)より、TOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
(c)Merie Wallace, courtesy of A24

学内ミュージカルの仲間ダニーとのはじけるような恋と、思わぬ事態からの失恋。理解のある父に協力してもらい母には内緒で進める進学準備。親友ジュリーとの喧嘩。18歳の誕生日に買うポルノ雑誌。アルバイト先で出会ったイケメンとの初体験……、クリスティンの日常は小さな(時々大きな)事件の積み重ね。そしてその事件の端々に母の存在が顔を覗かせる。

家族で過ごすはずの感謝祭の夜もクリスティンは家にいない。夜遅く帰宅した娘に、「感謝祭おめでとう。寂しかったわ」と、母はポツリ。理想とはほど遠い初体験に傷ついたクリスティンを救ってくれたのも母だ。ぶつかり、仲直り、またぶつかる、の繰り返し。

母娘の心情を丁寧に描くグレタ・ガーウィグ監督

『レディ・バード』
6月1日(金)より、TOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
(c)Merie Wallace, courtesy of A24

そんな母娘の心情をつぶさにすくい上げる好演を見せたのは、クリスティン役のシアーシャ・ローナンと、母マリオン役のローリー・メトカーフ。共に2018年アカデミー賞では主演女優賞と助演女優賞にノミネートされた(シアーシャは23歳にして3度目のオスカー・ノミネート)。さらに監督・脚本を手がけたグレタ・ガーウィグも同アカデミー賞の監督、脚本賞にそれぞれノミネートされた。

残念ながら受賞にこそ至らなかったが、#MeToo問題や男女平等の訴えで話題となった2018年アカデミー賞にあって、監督賞、脚本賞唯一の女性候補だったグレタの存在は単なる“候補”以上の意味があったはずだ。参考までに、アカデミー賞90年の歴史において、監督賞にノミネートされた女性としてグレタは5人目。脚本と監督の両方でノミネートされた女性としては4人目である。

演出中のグレタ・ガーウィグ監督
『レディ・バード』
6月1日(金)よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
(c)Merie Wallace, courtesy of A24

アラニス・モリセットの曲に託された既望と不安

そのグレタが本作で見せた音楽のセンスもまた、秀逸だ。スコアを手がけたジョン・ブライオンは、ロサンゼルスを拠点にするシンガー・ソングライター/プロデューサーで、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』(1999年)や『パンチドランク・ラヴ』(2002年)、ミシェル・ゴンドリー監督の『エターナル・サンシャイン』(2004年)など映画音楽も数多く手がけている。ありきたりな日常や、その中で起こるドラマの機微をさりげなくも印象的で起伏に富んだ美しい音楽に落とし込む手腕は、本作でも存分に発揮されている。

そして、既存の曲使いにもグレタはこだわりを見せている。「ティーンエイジャーらしさや、時代と場所を反映するため、本作には歌を入れたかった。登場人物が知らないような音楽を聴かせたくなかったの。音楽はティーンエイジャーが外の世界とつながるための手法。音楽を通して自身の性欲、不安、憧れに適合する表現を探していくのよ」と語るグレタは、何曲かは脚本の段階で決めて書き込んでいたそうだ。

シアーシャ・ローナンとグレタ・ガーウィグ監督
『レディ・バード』
6月1日(金)より、TOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
(c)Merie Wallace, courtesy of A24

例えば、カナダ出身の女性シンガー・ソングライター、アラニス・モリセットが歌う「ハンド・イン・マイ・ポケット」。クリスティンが車の中で父に「東海岸の大学への進学に協力して欲しい」と懇願するシーンで流れるこの曲は、「片方の手はポケットの中だけど、もう片方の手ではタクシーを拾おうとしているの」と、今はまだ将来が見えないけれど、きっとうまくいくはずだと、希望と不安の混ざりあった心情を、ユーモアを交えながら歌っている。

母マリオンのテーマ曲とも言えそうなのは、ジョン・ハートフォードの「ディス・イヴ・オブ・パーティング」。ジョンはフィドルやバンジョーの名手としても知られた、カントリー/ブルーグラス系のシンガー・ソングライターで、2001年、63歳で逝去している。この曲、もとはラヴ・ソングだと思うが、夏に別れを思う歌詞には、夏が終われば離ればなれになるマリオンとクリスティンにあてはめることもできるだろう。

ロマンティックかつエロティックなムードが魅力の、デイヴ・マシューズ・バンドによる「クラッシュ・イントゥ・ミー」も脚本に書き込まれた1曲。1996〜97年に全米ヒットしたこの曲は、劇中で2度使用されている。1度目は失恋したクリスティンが親友ジュリーと泣きながら聴いているシーン。2度目は、イケメン・ボーイフレンド、カイルの車の中。カイルが「この曲嫌いだ」と言い放ったのを聞いて、クリスティンは我に帰るのだ。自分は間違った場所にいる、と。どうしてもこの曲を使いたかったグレタは、直接デイヴ・マシューズに手紙を書いて、使用許諾を得たそうだ。

カイル役を演じたのは『君の名前で僕を呼んで』(2017年)でも鮮烈な印象を残したティモシー・シャラメ
『レディ・バード』
6月1日(金)よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
(c)Merie Wallace, courtesy of A24

母と娘の関係が最もこじれやすい1年を切り取る

子どもから大人への狭間で揺れ動く時期。クリスティンに限らず、母親との関係にいらついた経験のある“娘”は少なくないはず。同じ女性だからこそ分かり合えることもあれば、そうであるがゆえに反発し合ってしまうことも多々ある。お互いの思いを尊重したい気持ちはあるのに、なぜか顔を付き合わせると喧嘩ばかり。娘は母に対して遠慮がなくて、きつい。「何を言っても母は私を見捨てない」という甘えがあるからだ。ずるいのだ。

ずるい娘、憎らしい娘ではあるけれど、愛さずにいられないのが母の性。そして、いよいよ娘が自分のもとを離れて行くに至り、母の寂しさは心の器から溢れ出してしまう。いや、寂しさという単純な一言で表すには、あまりにも複雑な感情がそこにはある。

寂しさ、心配、期待、励まし……“家族”や“学校”という束縛から解放され、どこへでも行ける、何でもできる、その見果てぬ可能性への嫉妬もあるかもしれない。かけがえのない娘を手放すだけでも辛いのに、その娘が自分とは違う、自分にはもう望めない輝かしい人生を手に入れていくであろうことへの、軽い嫉妬。

『レディ・バード』
6月1日(金)より、TOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
(c)Merie Wallace, courtesy of A24

娘がそんな母の思いに気づくのは、まだまだ先のことだけど、この映画は、故郷や家族から離れたことで、自身のアイデンティティに自覚的になりつつあるクリスティンの姿を捉えて終わっている。とてもいい、余韻の残る終わり方だ。けれど、私たち“娘”は知っている。母と娘の闘いが、この先もまだ続いていくことを。だからこそ、母と娘の関係が最もこじれやすい18歳の1年を鮮やかに切り取り象徴的に描ききった本作に、こんなにも魅せられてしまうのだろう。

『レディ・バード』オリジナル・サウンドトラックCD、ソニー・ミュージックより発売中