城桧吏。まだ読めないかもしれない。じょう・かいり、と読む。文字変換も難しい。しかし、近いうちに多くの人がこの名前を口にするようになるだろう。現在11歳の彼は、6月8日(金)より公開される是枝裕和監督の最新作『万引き家族』に抜擢された逸材だ。本作の主演はリリー・フランキーだが、物語は主に城の視点から紡がれる。つまり実質上の主人公は、彼が扮する祥太だ。

力強く美しい、野性の少年

是枝監督と言えば『誰も知らない』(2004年)で、当時14歳の柳楽優弥をカンヌ国際映画祭で男優賞に輝かせた実績がある。城桧吏はどことなく柳楽に似ている。少し野性味があってロン毛が似合う。長髪がサマになるワイルドさがある、と言ったほうが正しいかもしれない。

『誰も知らない』も『万引き家族』もストーリーの背景には貧困がある。身綺麗にはしていられない状況の登場人物を輝かせ、観客の目を惹きつけること。そのためには、タフな美しさが必要となる。

城は『万引き家族』に先駆けて公開された『となりの怪物くん』(2018年)に、ひっそりと出演している。主演は菅田将暉だが、主人公ではなく、主人公の兄の少年時代を演じている。出番はごくわずかだが、そのオーラが凄まじい。一瞬で、主人公ではない存在を主人公だと錯覚してしまうほどだ。設定上は明らかにそうではないのに、城は菅田の少年時代を演じているのではないか? 何度もそう思った。力強い美しさが城の個性である。

子供は概して、か弱き存在として描かれる。また、無邪気な存在として見つめられる。城はそうではない。子供とはかくも力強く、そして美しい存在なのだと実感させる。野性味と前述したが、野性を支えるものは、力強さと美しさに他ならない。城を見ているとそう実感させられる。

野性の少年。保護されるべき存在ではなく、この世界やこの荒野で、一人ですっくと生きていける。そう体感させてくれるエナジーが、俳優、城桧吏のかけがえのない個性である。

(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

“無言の顔”が救うもの

『万引き家族』はタイトル通り、犯罪でしかつながれなかった家族の物語である。高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に、柴田治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹である亜紀の4人が転がり込む。

彼らの目当ては、家の持ち主である祖母・初枝の年金で、足りない生活品は万引きで賄う生活を送っている。社会という海の底をひっそりと漂うような家族だが、なぜかいつも笑いが絶えず、互いに口は悪いが仲よく暮らしていた。本作ではそんな不確かな関係の中にある、確かな絆を追いかけていく。

祥太はやがて、万引きという行為に疑問を抱くようになる。父、治との大切な共同作業でもあった万引きに対して違った感覚が生まれてくる。それは不確かな家族のかたちが、彼自身の内部で揺らいでいくことに他ならなかった。

というようなことが、彼の(主に無言の)演技を見つめていると、よくわかる。登場する家族の数は多いし、それぞれのエピソードはきめ細やかだし、近藤龍人の撮影は素晴らしいし、細野晴臣の音楽も素晴らしいし、いろいろ盛りだくさんではある。だが、城の存在がすべてをシンプルにならして、地べたへと着地させる。そう、城はこの映画の地べたとして存在している。

どこか頼りなげで、父親ごっこをしているようにも映る父、治を演じるリリー・フランキーは相変わらず絶品である。だが、そんなリリーを受ける城の芝居の懐の深さに、むしろほだされ、癒される。

息子が父親を保護しているように見える瞬間が何度もあり、もちろんそれはオリジナル脚本も執筆している是枝監督の演出のたまものではあるだろうが、監督の要求にすんなり応えて、映画に説得力をもたらしているのは、間違いなく城の才能によるものである。

無言の顔をすっと差し出し、その顔だけで相手を肯定してみせる力が城にはある。特別優しい表情をするわけではない。無闇に泣いたりもしない。ただ黙っているだけなのに、なにかが救われたような気持ちになる。なにが救われているのかはわからない。だが、城桧吏の顔は力強く、美しく、なにかを救っている。

万引きに疑問は抱くが、治のことを否定することはない。この感覚を、表情ひとつで伝えること。それが、彼にはできる。

(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

柳楽優弥がそうだったように、城桧吏もまた、大きな俳優として巣立っていくことだろう。次はどの映画を、どんなふうに救ってくれるか。楽しみである。

(文/相田冬二@アドバンスワークス)