『南極料理人』(2009年)や『横道世之介』(2013年)などで知られる沖田修一監督の新作映画『モリのいる場所』(5月19日より全国ロードショー)は、1977年に97歳で亡くなった“モリ”こと画家・熊谷守一の晩年をモチーフに、その日常を微笑ましく描いたヒューマン映画である。

このモリを演じているのが山﨑努。これまで『天国と地獄』(1963年)、『赤ひげ』(1965年)、『影武者』(1980年)といった黒澤明監督作品や『お葬式』(1984年)、『タンポポ』(1985年)、『マルサの女』(1987年)といった伊丹十三監督作品、それ以外にも『八つ墓村』(1977年)、『さらば箱舟』(1984年)、『刑務所の中』(2002年)、『おくりびと』(2008年)など代表作多数の、日本映画界を牽引し続けるレジェンド的名優である。最近では『日本のいちばん長い日』(2015年)で鈴木貫太郎首相を好演したのも記憶に新しいところだ。

本作は、そんな山﨑努の長きにわたる役者人生、そのキャリアが見事なまでに美しくも飄々とした年輪のように浮かび上がっていく集大成的な秀作である。

モリの家に集う人々。そして庭に棲むモノたち

本作の舞台となるのは1974年の東京、94歳のモリと妻・秀子(樹木希林)が住む自宅である。この家には、まるで小さな森のように植物が生い茂り、アリや虫など小さな生き物が棲む庭がある。

絵や書をモリにお願いするため、毎日のようにさまざまな人々がこの家を訪れるが、そんなことなどモリはまったくお構いなし。気が向けば絵でも何でも描くし、その気にならなければ一日中ずっと寝そべって、アリが歩くさまを観察したり、物言わぬ石をずっと見守ったりしている。

一方では最近、近所でマンション建設の計画が進んでおり、モリのファンたちはその反対運動に勤しんでいるようだが、彼自身はマンション現場監督の子どもが描いた絵をほめてあげたりもする……。

とにかくつかみどころがないモリと、彼を長年支える妻、そして商売目的でモリに近づきつつ、いつのまにか彼のペースにはまり、その虜になっていく人々を通しての人間、いやそれこそモリの家の庭にうごめく全ての生きとし生けるものにまで温かくもエールを送るかのような珠玉の作品なのである。

もともと山﨑努は熊谷守一を「僕のアイドル」と呼ぶほどのファンであり、沖田監督の『キツツキと雨』(2012年)に出演した際、そのことを語ったことをきっかけに本作の企画が立ち上がったのだという。

沖田監督は当然ながら山﨑努を想定して脚本を記し、山﨑もまたその内容に大いに共感。結果、現在81歳という老境に達した者だけが醸し出し得る人生の魅惑がまざまざと描出された作品が誕生したわけである。

黒澤明監督に対するひとつのアンサー

私事ではあるが、かつて『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)という取材単行本で山﨑努に取材させていただいた折、彼は黒澤明監督の『夢』(1990年)や『まあだだよ』(1993年)といった晩年の作品群を、自分が80歳になって見直してみたら、その頃の黒澤監督の気持ちがわかるのではないかと語ってくれたことがあった。

実際、彼が今それらの作品群を見直したかどうかは知る由もないが、この『モリのいる場所』のモリもまた、『まあだだよ』の内田百閒とも相通じる人間味たっぷりの飄々とした老人像ではある。

もっとも、『まあだだよ』の内田百閒は数多くの生徒たちと麗しき師弟関係で結ばれていたが、本作のモリの場合、老若男女を問わず彼の突拍子もない言動の数々に呆れつつも、気がつけば魅きつけられ、愛してやまないといった風情は、たまらなくユニークだ。

現に、その“集う者たち”を演じるのは加瀬亮や三上博史、青木崇高など現在の日本映画界をリードし続ける存在だが、ここではことごとく山﨑努という稀代の名優と一緒の画面に映ることができて、緊張しつつも嬉しくてたまらないといった印象で、実に楽しい。

さらにはそういった光景をごくごく自然に受け入れつつも慈愛深く見守り続ける妻役の樹木希林(彼女の存在も『まあだだよ』で香川京子が演じた内田の賢妻との巧みな対比に成り得ている)も、役者としての素晴らしき年輪を改めてしみじみと感じさせてくれる好演である。

実は山﨑努と樹木希林は、意外にもこれが初共演。その初々しさもまた、本作に心地よい風を吹かせてくれる大きな要因になっているのだろう。

本作は、かつて80に達してなお映画を撮り続けた黒澤明監督に対する、現在80に達してなお演じ続ける山﨑努の、何某かの答えに成り得ているような気もしてならないのだが、そんなこちらの想像などお構いなしに立ち回るモリ=山﨑努は、ただただ素敵なのだ。

かつての笠智衆や三國連太郎のように、老いてますますリスペクトされつつ、役者として花開かせていく存在となったと思しき山﨑努。『死に花』(2004年)以来の主演映画という事実だけでも、やはり邦洋問わず映画ファンは必見である。

(文・増當竜也)