文=赤尾美香/Avanti Press

写真家・鋤田正義(すきたまさよし)の名前は、一部音楽ファンの中では神格化されていると言っても過言ではない。なにせ、あのデヴィッド・ボウイに“巨匠(マスター)”と呼ばれた男である。けれど、ドキュメンタリー映画『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』に登場する本人は、“巨匠”とか、“レジェンド”というような大仰な言葉があまり似つかわしくない、地に足がつき、穏やかで、実にチャーミングなおじいさんである。そして、80歳になる現在(映画撮影時は78歳)も、現役バリバリである。

『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』
新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
(c)2018「SUKITA」パートナーズ

マーク・ボラン、デヴィッド・ボウイに撮影を直訴

1938年、福岡県直方市生まれ。1960年に日本写真専門学校を卒業、棚橋紫水に師事した後、代理店などを経て1970年よりフリーランスの写真家として活動を開始、寺山修司の舞台やファッション・ブランドのポスターなどを手がける。

1972年、マーク・ボラン率いるグラムロック・バンド、T・レックスの写真を撮りたくて、自らポートフォリオ(自分の作品をファイリングしたもの)持参でロンドンのオフィスに押しかけて撮影チャンスを得た。その撮影を終えた直後、ロンドンの街中で見かけたデヴィッド・ボウイのポスターを見て「撮りたい!」衝動に突き動かされ、またもポートフォリオ片手に撮影を直訴。認められて撮影が実現した。これがロック写真家としての鋤田のスタートだった。

『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』
新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
(c)2018「SUKITA」パートナーズ

私は音楽ライターという仕事柄、エンタメ業界の諸先輩方に話を聞く機会が少なくない。すると、多くの人が言うのである。「知らないことは強いのだ」と。自分の目的のためにどんな手順を踏むのが正しいのか知らない、誰に話をすればいいのかわからない、だから思いついたことをやるのみ。「今はネットで検索したりリサーチしたり、知らないことやわからないことがなくなってきた。だから思い切りのいい行動もとりにくいのでしょう」と話していたのは、日本人で初めてビートルズに会見した元『ミュージック・ライフ』誌編集長、星加ルミ子氏だ。おそらく鋤田も、撮りたい人を撮るための正式な手段(そんなものが当時あったかどうかわからないが)を知らなかったのだろう。けれど、それが功を奏する時代でもあったのだ。つかんだチャンスをものにできるだけの技量や才能やセンスが鋤田に備わっていたことは、言うまでもないが。

布袋寅泰をギタリストに導いた1枚のポートレイト

『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』
新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
(c)2018「SUKITA」パートナーズ

本作『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』(監督:相原裕美)は、鋤田自身と、鋤田が撮影し関わってきたミュージシャンや俳優(永瀬正敏、MIYAVI、PANTA、アキマ・ツネオ)やデザイナー(山本寛斎、ポール・スミス)、クリエイター、さらには鋤田の写真に魅せられ展覧会を企画したキュレーターらによる多くのインタビューを中心に、鋤田正義とその作品の魅力に迫っていく。

1972年に鋤田が撮影したマーク・ボラン(T・レックス)の写真を使ったポスターを見て「ギターを弾きたいと思った」と、目を輝かせて語るのは布袋寅泰だ。髪をなびかせ、目を閉じ、大きく口を開けて恍惚の表情を見せるボランのロックンロール・エクスタシーを真っ向から受け止め、今なお「ボランと言えばこれ!」と言っても過言ではないほど世界中のロック・ファンを魅了した1枚。その1枚に導かれた人生があることに、胸がときめく。

『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』
新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
(c)2018「SUKITA」パートナーズ

YMO(細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏)の『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(1979年)のジャケット写真も鋤田を代表する1枚だが、メンバー3人が中国服を着ていたことから雀卓を囲むイメージが浮かび、足りない1人を人形で補ったとは、知らなかった! そんな往年の音楽ファンには楽しいエピソードも随所に盛り込まれている。と同時に、長年の付き合いになるYMOメンバーと鋤田との会話も興味深く、飄々とした細野晴臣に、ゆるく“生涯現役宣言”させてしまうくだりなどは、なんとも味わい深く愉快である。

『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』
新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
(c)2018「SUKITA」パートナーズ

ジム・ジャームッシュを驚かせた人間への観察眼

「鋤田は信じがたい観察眼で人をとらえる」と話すのは、ジム・ジャームッシュ監督だ。鋤田は、ジャームッシュ監督作『ミステリー・トレイン』(1989年)撮影時にスチール・カメラマンを務めたが、ジャームッシュはそれら写真を1冊の写真集として残している。「あれ以上の物はできない」から、以後自身の監督作品で写真集を作ろうと思ったことはないとも言う。

デヴィッド・ボウイは、国内外を問わず何度となく撮影をした。ボウイが大好きだった京都を訪れた時のプライベート・ショットはファンの間でも有名だ。1977年にボウイがイギー・ポップを伴ってプロモーション来日した時のフォト・セッションからは、『ヒーローズ』(1977年)のジャケットが誕生し、さらにそのジャケットがリメイクされて『ザ・ネクスト・デイ』(2013年)のジャケットになった(映画の中では、そのいきさつも明かされている)。

『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』
新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
(c)2018「SUKITA」パートナーズ

2012年にはボウイとの共著となる写真集『Speed Of Life 生命の速度』を発表し、13年にロンドンのヴィクトリア&アルバート・ミュージアムが主催した展覧会『DAVID BOWIE is』(日本は2017年に開催)にも作品を提供し参加した。残念ながら本作に2016年1月に亡くなったボウイの肉声はないけれど、多くの写真から、信頼しあうふたりの間に流れた時間を想像するのは、難しいことではないはずだ。

80歳、いまだ衰えぬ探究心、冒険心、好奇心

鋤田を語る人々の表情から溢れる親愛の情、敬愛の念は、ひとえに鋤田の人柄によるものだろうと思うが、本作において個人的に最も響いたのは、鋤田の写真家としてのあくなき探究心であり冒険心、好奇心だった。

1990年代終盤~2000年代にかけて加速したフィルムからデータへの移行。しかし鋤田は戸惑いを見せるどころか、果敢に新しい世界へと踏み出していった。「フィルムの時代はよかった」とノスタルジーに浸ることもなく、「むしろデータの方が自分の思い描く世界に近い写真が撮れるかもしれない」とまで言う。これには心底驚いた。

新しい刺激や便利を求める一方で、古いものに執着し変化に拒否反応を示すという厄介な矛盾を抱える人は少なくない。自分にもその傾向があることを、私は自覚している。だからこそ、自分の親世代である鋤田の柔軟性とバイタリティには感服してしまったし、それを可能にしているのは他のなにものでもない、「自分の思い通りに撮りたい」という強い欲求であり、「撮ることを極めたい」という向上心なのだと思い至った。

『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』
新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
(c)2018「SUKITA」パートナーズ

MIYAVIの撮影に臨む鋤田は言う。「年をとり、意外にも壊していこうとする気持ちが自分の中に強くあるのを感じる」と。なんてかっこいいおじいさんなんだ!!