【町田雪のLA発★ハリウッド試写通信 ♯03】

「LA発★ハリウッド試写通信」では、ロサンゼルス在住のライターが、最新映画の見どころやハリウッド事情など、LAならではの様々な情報をお届けします。

トラウマを描いた作品は多くあるが、これほどまでに、観客に主人公の心理を追体験させるリアリティを持った映画は少ない。

元軍人で冷徹な人探しのプロと、拉致により感情を失った少女の交流を描いた『ビューティフル・デイ』(原題:『You Were Never Really Here』)。英国の鬼才リン・ラムジー監督(『少年は残酷な弓を射る』(2012年))と、米映画界の異端児ホアキン・フェニックスがタッグを組み、二人の才能と魂が凝縮された同作は、昨年のカンヌ映画祭で脚本賞と男優賞をダブル受賞した。

ジョーが抱えていたトラウマ

主人公のジョーは、元軍人としての戦場の記憶、元FBIエージェントとして人身売買される少女たちを救えなかった罪悪感、幼い頃に父親から受けた虐待、それらの恐怖から逃れるためか、ビニールで自分の顔を覆う極限行為を行うなど、様々なトラウマを抱え、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に襲われている。

『ビューティフル・デイ』 6月1日(金) 新宿バルト9ほか全国ロードショー
(c) Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved.
(c) Alison Cohen Rosa / Why Not Productions

本作のカメラは多くの時間、ジョーの姿を映すのではなく、ジョーの目線で動く。そのため、観ている側は、彼がヒットマンとして業務を遂行する様子や、業務の合間に雑音のように繰り返される過去のフラッシュバックをともに体験する。1秒たりとも心が休まることはなく、トラウマというものが、どれほど凄惨なのかを感じさせられ続けるのだ。

ホアキン・フェニックスという俳優の“特殊性”

『ビューティフル・デイ』 6月1日(金) 新宿バルト9ほか全国ロードショー
(c) Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved.
(c) Alison Cohen Rosa / Why Not Productions

ホアキンが演じるジョーは苦しいほどにリアルで、ほかの俳優が演じる姿は考えられない。上映中ずっと、「これは演技ではないのではないか」と胸が締め付けられるようだった。

ハリウッドにおいて、ホアキン・フェニックスという存在は特殊だ。あの故リヴァー・フェニックス(『スタンド・バイ・ミー』(1987年)、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(1989年)など)の弟として、カリスマ家系に位置付けられ、『グラディエーター』、(2000年)『ウォーク・ザ・ライン/君に続く道』(2006年)などで個性派と注目された若年期。

幼い頃のリヴァー(後)と、ホアキン(前)
(c) WENN.com

ところが、2008年頃からケイシー・アフレックと共謀してフェイクの俳優引退騒ぎを起こしたり、暴力沙汰、アルコール中毒、交通事故などの問題も続き、変わり者として扱われる節もあった。

近年のインタビューでホアキンは、「当時はあらゆることにストレスを感じ、とにかく(表舞台から)消えたかった。人生を取り戻したかったんだ」と振り返っている。

その後、『ザ・マスター』(2013年)でベネチア国際映画祭の最優秀男優賞を故フィリップ・シーモア・ホフマンと共同受賞し、表舞台に復帰。さらに、『her/世界でひとつの彼女』(2014年)、『インヒアレント・ヴァイス』(2015年)などで注目を集め、俳優としての疑いようもない才能を証明し続けている。

私生活では、交際中の女優ルーニー・マーラとLAに同居し、「撮影のない時期は犬とゴロゴロし、空手を習い、瞑想する普通の日々を送っている」という。とはいえ、迫力ある外見とは裏腹に、どこか儚く危うい佇まいが消えることはなく、その存在感が『ビューティフル・デイ』にもリアリティを与えているのかもしれない。

なぜホアキンは14回も映画館に足を運んだのか?

そんなホアキンは同作の米公開において、驚きの行動に出た。限定公開初日、ハリウッドの映画館で観客の前にサプライズ登場したのだ。しかも、同日の上映14回すべてに。観客の生の声を聞き、お礼を伝えたかったのだという。

ホアキンとリン・ラムジー監督のトーク企画のサインボード。原題は“You Were Never Really Here”。
写真:町田雪

リヴァー急死の際の過剰報道からメディア嫌いになり、プレスツアーやアワードにも積極的ではないホアキンだが、華やかに見えるハリウッドの闇を痛いほどに知っているからこそ、メディアや関係者のフィルターのない、映画ファンの声を聞きにやってきたのではないだろうか。

ブレイク必至! 華麗な14歳にも注目

もう1人の主役である少女ニーナ役のエカテリーナ・サムソノフにも、忘れられない存在感が光る。面影がどこか吉高由里子のようで、『紀子の食卓』(2006年)の彼女を観たときに似た衝撃を覚え、ブレイクの予感がする(『紀子の食卓』は、吉高由里子の映画デビュー作にして、第28回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞受賞作)。

音楽を担当したのは、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッド。台詞が少ない同作で、主要キャストといえるほどの影響力を持つ音楽だ。

『ビューティフル・デイ』 6月1日(金) 新宿バルト9ほか全国ロードショー
(c) Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved.
(c) Alison Cohen Rosa / Why Not Productions

日本版のタイトル『ビューティフル・デイ』は、トラウマや幻想、過去の悲劇のなかに囚われていた2人が、ほんの少し、そこから解き放たれたときに口に出した言葉から取られている。人は、たった1人でも共感できる存在、役に立てると思える相手がいれば生きていけるのだと、強く感じさせられる瞬間である。

『ビューティフル・デイ』は、6月1日(金)、全国ロードショー。

(Avanti Press)