文=圷 滋夫(あくつしげお)/Avanti Press

ロック界のモンスター・バンド、レディオヘッドはアルバムを出すごとに様々な革新をロックにもたらし、その領域を押し広げ続け世界中から賞賛を受けている。そんなレディオヘッドでトム・ヨークと並ぶバンドの頭脳として、重要な役割を果たしているのがジョニー・グリーンウッドだ。彼は2003年にドキュメンタリー映画の音楽を担当して以来、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)以降の全作品のほか、数本の映画の音楽を手がけ高い評価を得ている。そして彼が音楽を手がけた新作映画が、2本続けて日本で公開される。

クラシカルな楽曲で統一された『ファントム・スレッド』

『ファントム・スレッド』
シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館 ほか全国にて公開中
(c)2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved

まずはアンダーソン監督が、名優ダニエル・デイ=ルイスを主演に撮り上げた『ファントム・スレッド』だ。50年代のロンドンを舞台に、ファッション界に君臨するデザイナーと彼の創造の源となるモデルに抜擢されたウェイトレスの運命的な愛を描いている。人間の傲慢と寛容、愛の深さと芸術への献身、そして人としての崇高さと倒錯したユーモアなど、様々な二項対立が混じり合う極上のドラマで、洗練された美術とめくるめく衣装も堪能できる。アカデミー賞主要6部門ノミネートほか、国際映画祭で多数受賞を果たした堂々たる傑作だ。

『ファントム・スレッド』
シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館 ほか全国にて公開中
(c)2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved

アカデミー賞作曲賞にノミネートされたその音楽は、ほとんどがピアノと弦楽器とハープによるクラシカルな楽曲で統一されている。ただし単にクラシックと言っても様々なスタイルを取り込み、限られた楽器編成の中でバリエーション豊かな音を聴かせてくれる。オーソドックスな古典派や印象派風から抽象的な現代音楽、昨今のミニマルでアンビエントなポスト・クラシカルに、往年のハリウッド映画のようなロマンティックな響きまで。

編成もピアノやヴァイオリンのソロに二重奏、打楽器も入った壮麗な弦楽オーケストラまであり、例えばタイトル曲だけでも4つの変奏曲がある。挿入曲にはオスカー・ピーターソンやサラ・ヴォーンのジャズも流れるが、いずれもオーケストラとの共演やスローなバラードで、あくまで優雅で洗練された響きの統一感がある。

ヒロインの“夢見心地”を表現する稀有なるピアノ

ダニエル・デイ=ルイスとポール・トーマス・アンダーソン監督
『ファントム・スレッド』
シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館 ほか全国にて公開中
(c)2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved

中でも特に興味を引いたのが、劇中で何度も流れる最も印象的な美しい曲「ハウス・オブ・ウッドコック」の、ピアノの音そのものだ。それは丸みがあってとても柔らかく、ただ丁寧に弱く弾くだけでは出せない音だ。

筆者は個人的に、昨年の来日公演が衝撃的だった、ポーランドが誇る人気ピアニスト(一応ジャズに分類されるがその範疇には収まらない)、スワヴェク・ヤスクウケのタッチを思いだした。彼はピアノの弦を叩くハンマーのフェルトをほぐしてアタックを弱め、絶妙なペダル操作で残響音を制御して独特の音世界を創り上げる。

白日夢の中で聞こえてくるような彼の音楽は、本作でヒロインのアルマが空想の中へと飛翔する場面で流れる「ハウス・オブ・ウッドコック」と共通しているように思う。こんなピアノの音は今まで映画の中で一度も聞いたことがないが、アルマの夢見心地な想いを表現するには最適な音なのだ。

あらゆるジャンルを呑み込んで吐き出す『ビューティフル・デイ』

『ビューティフル・デイ』
6月1日(金)より新宿バルト9ほか全国ロードショー
(c)Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved. (c)Alison Cohen Rosa / Why Not Productions

もう1本は作品ごとにセンセーションを巻き起こす、リン・ラムジー監督の『ビューティフル・デイ』だ。孤独な主人公が犯罪に巻き込まれた少女を救出する姿を描いた、ハードボイルドな犯罪サスペンスにして深い人間ドラマで、今年のカンヌ映画祭で脚本賞と主演男優賞を受賞している。

説明的な場面を削ぎ落とし、現実と記憶と妄想が行き来する幻想的な映像がスタイリッシュ。そんな圧倒的な演出と、トラウマを抱えた寡黙な元軍人ジョーを演じたホアキン・フェニックスのリアルな存在感、そしてジョニーの音楽が三位一体となった、圧巻の傑作だ。

本作の音楽は『ファントム・スレッド』と正反対だ。映画の冒頭からエレキギターの歪んだ音が鳴り響き、弦楽器を多用した現代音楽を中心に電子音楽、ミニマル・ミュージック、ノイズ・ミュージック、クラウト・ロック、テクノ・ミュージックなど、あらゆるジャンルを呑み込み換骨奪胎する。そして無骨で荒々しい音を、逆に繊細に構築して吐き出す。

劇中の効果音を映画音楽に取り込むアヴァンギャルドな試み

劇中で聞こえる実際の音や、効果音を含む全体のサウンド・デザインも素晴らしい。特に興味深いのは主人公のジョーがタクシーに乗る場面だ。簡単なリズム・パターンが聞こえてきて、タクシーが動き出すとすぐにコード楽器が加わり展開する。そしてさらに歌声が加わるのだが、それはタクシーの運転手による鼻歌なのだ。何が言いたいかというと、ジョニーは劇中の音(この場合は運転手の鼻歌)に、映画音楽(後から映像に被せるオリジナルの音楽)を融合させて、一つの音楽を作っているのだ。

『ビューティフル・デイ』
6月1日(金)より新宿バルト9ほか全国ロードショー
(c)Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved. (c)Alison Cohen Rosa / Why Not Productions

同じ試みは例えばドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品で知られるヨハン・ヨハンソン(今年2月9日に急逝)が『ボーダーライン』(2015年)や『メッセージ』(2016年)で、映画音楽の大御所ハンス・ジマーが『ダンケルク』(2017年)などで既に行っている。

しかしそれはヘリコプターの翼の回転音や銃撃や爆撃の音など、物理的な状況音にリズムを重ね、音楽を旋律ではなく音像として効果音のように捉えたやり方だ(ちなみに効果音的な音楽の先駆けとも言えるバーナード・ハーマン作曲の『サイコ』のあの有名なシャワー・シーンの音楽を、ジョーが本作の中で二度も真似ているのは、偶然だとは思うが象徴的)。本作のように、劇中の音として存在するメロディーに重きを置いて、後から伴奏をつけて融合させた音楽は、今まで映画の中では一度も聴いたことがない。

『ビューティフル・デイ』
6月1日(金)より新宿バルト9 ほか全国ロードショー
(c)Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved. (c)Alison Cohen Rosa / Why Not Productions

それでは映画以外ではどうかというと、フランスの作/編曲家、ピアニストのシャソールは、ストリート・ミュージシャンが弾く旋律に伴奏を付けたり、鳥の鳴き声やオバマ元大統領の演説までも取り上げて、音の高低を旋律として捉えて、やはり伴奏を重ねて曲に仕立て上げている。

そしてシャソールが影響を受けた音楽家にミニマル・ミュージックの巨匠スティーヴ・ライヒがいる。ライヒが人の会話をメロディーとして取り込んで作曲し、1989年のグラミーを受賞したアルバム『ディフェレント・トレインズ』に収録された曲「エレクトリック・カウンターポイント」を、ジョニーは2015年に録音している。

映画界の常識に囚われずに新たな方法論に挑戦する

ジョニー・グリーンウッドが、スワヴェク・ヤスクウケやシャソールを知っているかどうかは分からないし、それはどうでもいいことだ。重要なのはロック畑から映画界に参入し、常に多方面にアンテナを張って新しい音を探求し、映画界の常識に囚われずに新たな方法論に挑戦する、その確固たる姿勢だろう。

ヨハン・ヨハンソン亡き今、やはりロック畑出身で斬新な映画音楽を聴かせるクリフ・マルティネス(スティーヴン・ソダーバーグ監督やニコラス・ウィンディング・レフン監督作品で知られる)と共に、サウンドトラックの新たな地平を切り拓くのは、ジョニー・グリーンウッドに違いない。