文=佐藤結/Avanti Press

配偶者以外との恋愛について非難する報道を見るにつけ、「当事者以外には関係ないことなんだから放っておけばいいのに……」といつも思う。だいたい、誰かを好きになるなんてことは、計算したり、理性でコントロールできたりするものではない(はず)なのだから。

生きる意味を問う『それから』

まだ辺りも暗い朝4時半に起きて、朝食を食べている出版社の社長ボンワン。物音に気付いて起きだしてきた妻が彼に話しかけ、やがて彼女が夫の浮気を疑っていることがわかる。言葉を濁したまま家を出たボンワンは、かつての部下で、恋人だったチャンスクのことを思い出す。出勤後、ボンワンはチャンスクの代わりに採用し、初出勤してきたアルムに気さくに話しかけ、昼食をともにする。その日の午後、彼が不在の間に会社にやってきた妻は、アルムが浮気相手だと誤解して、彼女の頬をたたく。

『それから』6月9日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次ロードショー
(C)2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

国際映画祭の常連として世界的に評価の高いホン・サンス監督が手がけ、昨年のカンヌ映画祭のコンペティション部門で上映された『それから』(2017年)。小さな出版社を営む社長と3人の女性たちとの関係が、モノクロの端正な映像で綴られていくこの映画では、「現在」と「過去」の出来事がまったく同じように登場し、唐突に入れ替わるため、時系列に追っていくのはなかなか難しい。

妻、チャンスク、アルムというそれぞれの人物に対して精一杯“誠実”に振る舞おうとする主人公ボンワンの言動を見ていると、次第に彼がその場しのぎの言い訳を繰り返す、かなり卑怯で滑稽な人物であるという事実が浮かび上がってくる。アルムは、そんな彼の本質に気付き、「あなたにとって生きる意味とは?」と、真正面から問いかける。

妻がいることなどおかまいなしに女性を口説く男性主人公、ランチタイムにもかかわらず中華料理店で酌み交わされるグラス……、人は多かれ少なかれ彼らと同じように愚かなのだと、ほろ苦く気づかせる。ホン・サンス作品ではおなじみのこうした設定の中に登場した、“強い信念を持つヒロイン”という存在が、とても新鮮だ。観終わった後には、夏目漱石の同名小説からとられたタイトルの意味を何度も考えてしまう。

愛とはなにか? 『正しい日 間違えた日』『夜の浜辺でひとり』

冒頭に書いた「放っておけばいいのに……」という一文との矛盾を自覚しつつも、『それから』を観ながらどうしても頭から離れなかったのは、監督であるホン・サンスがアルム役のキム・ミニと恋愛関係にあるという事実だ。

『正しい日 間違えた日』6月30日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
(C)2015 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

2015年の『正しい日 間違えた日』で初めて彼女を起用し、翌年から「交際しているのでは?」と噂されていたふたり。その後、キム・ミニがベルリン国際映画祭で銀熊賞(主演女優賞)に選ばれた『夜の浜辺でひとり』(2017年)の韓国公開前、2017年3月に行われた記者会見に、彼女とともに出席したホン・サンス監督は「私たちは愛し合っている」と語った。ちなみに監督は妻帯者であるため、現在も離婚のための裁判が続いている。

『夜の浜辺でひとり』6月16日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
(C)2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

主人公の職業を“映画監督”とするなど、これまでも多くの作品に「自身がモデルでは?」と思わせる主人公を登場させてきたホン・サンス監督だが、浮気を疑う妻との会話からはじまる『それから』は、どの作品にも増して、本人とダブらせずに観ることが難しい。主人公ボンワンと彼の妻役に、実生活でも夫婦であるクォン・ヘヒョとチョ・ユニを起用していることもあり、セリフのやりとりもかなり生々しく聞こえてくる。

 “生真面目さ”と“潔さ”『クレアのカメラ』

「酒を飲んで他愛もない会話を繰り返し、やたらに相手を口説く、自由奔放で、ちょっと愚かな人間たち」がトレードマークだったホン・サンス作品。

しかし、『それから』をはじめ、恋人と別れた主人公が旅先で孤独と向き合う『夜の浜辺でひとり』や、映画祭開催中のカンヌを舞台に映画監督と恋人関係にある(あった)女性たちの微妙なやりとりを描いた(フランスの名女優イザベル・ユペールが主人公を導く妖精のような不思議な女性として登場)『クレアのカメラ』(2017年)からは、そんな彼の過去作とはひと味違った “生真面目さ”と“潔さ”が感じられる。

『クレアのカメラ』7月14日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
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3作品に主演したキム・ミニの、強く、まっすぐな個性が影響していることは間違いないだろう。

自身が手がけてきた映画の登場人物たちさながらの“自由”な恋愛を、さらりと公にしたホン・サンス監督は、映画作家としても新たな歩みを始めたように思える。

しかし、一方で、キム・ミニの方はパク・チャヌク監督の『お嬢さん』(2016年)以来、ホン・サンス作品以外に出演していない。美しい声とのびやかな演技で、「正直に生きること」の難しさを見事に表現することのできる彼女が、これからも多彩な作品で活躍できますように、と強く願わずにはいられない。