文=新田理恵/Avanti Press

青い海、白い砂浜。インドネシア、スマトラ島の北端に位置するバンダ・アチェを舞台に、映画『海を駆ける』は、抗うことのできない自然の力、生き物の生と死について問いを投げかける。2016年『淵に立つ』でカンヌ映画祭「ある視点」部門審査員賞に輝いた深田晃司監督の最新作だ。

深田晃司監督 撮影=新田理恵

主人公は、ある日突然海から打ち上げられた男、ラウ。寡黙で、常に微笑みをたたえたラウのまわりでは、説明不能な現象が立て続けに起こる。彼は一体何者なのか? 演じるのはディーン・フジオカ。特殊なバックグラウンドから生まれる周囲と混ざりきらない存在感が、ラウのキャラクターにぴたりとハマっている。

『歓待』(2010年)、『淵に立つ』などで、平穏なコミュニティに突然現れる「異質な人」を描いてきた深田監督が、ディーン・フジオカの魅力とインドネシアでの撮影の裏側を語ってくれた。

謎が明かされないで終わっていく、民話のような映画に

――ラウは、気まぐれに生命を与えたり奪ったりする、神のようでもあり、悪魔のようでもある存在です。映画のように無邪気なキャラクターにした意図は?

ラウのキャラクターについては、擬人化した「自然」というふうに考えています。自然が気まぐれに服を着て、散歩をして帰って行ったというように。自然は理由も意図もなく、恵みをもたらしたり、災害をもたらしたり、いろいろな顔を見せます。人も自然に対していろいろな見方をする。天罰だととらえる人もいれば、神の恵みだととらえる人もいる。人間は自然の一部ですが、自然は人間に対して忖度(そんたく)をしない。ラウについては、できるだけそんなふうに描こうという思いがありました。

『海を駆ける』 大ヒット上映中
配給:日活 東京テアトル
(C) 2018 "The Man from the Sea" FILM PARTNERS

――自然を人で表現するというのはチャレンジングですよね。

そうですね。どこかでこの物語が民話のような形になればいいなという想いがあって。たとえば、昔話や民話の場合、共同体に河童や妖怪など人ではないものが訪れ、去っていくなかで、変化が起きていきますよね。しかし、謎は謎のまま、何も明かされないで、なんとなく終わっていく。だからこそ、いつまでも心に残る。『海を駆ける』も、そういう民話みたいな映画になればいいなと思っていました。

まるで「稲穂」のよう? ディーン・フジオカの魅力

――そんな「自然」が服を着てやってきたようなラウを演じたのはディーン・フジオカさんです。時々、番組の宣伝などでバラエティ番組に出演されているディーンさんを拝見すると、いい意味で周囲に混ざっていないというか、異質な印象を受けていたので、本作を観て不思議なラウ役にピッタリだと感じました。監督がディーンさんの中に見た「ラウらしさ」とは?

なんたってプロフィールが面白いですよね。福島で生まれて、香港でデビューして、ジャカルタを拠点にしながら日本に出張で来ているという(笑)。その無国籍なプロフィールが、ラウというキャラクターを邪魔しない……、むしろ、役者本人のイメージが後押ししてくれるんじゃないかと思いました。それに、Google検索でお顔を見てみたら、もう「この人だ!」と。「野球に例えたら、イチロー選手クラスの天才的な美貌」と私は思っているんですが(笑)、それがこの民話のような物語にすごくふさわしかったんです。ラウは私たちが自然や植物を見て「美しい」と思うのと同じレベルで美しくなくてはいけませんでした。

ラウの超然とした雰囲気は演技力で体現できるものでもなく、「存在そのもの」で体現できなければいけない。ディーンさんがこの役を「インスタレーション」(現代美術の表現方法のひとつ)と表現をしているのを聞いてさすがクレバーな人だなと思いました。とても難しかったと思います。

『海を駆ける』 大ヒット上映中
配給:日活 東京テアトル
(C) 2018 "The Man from the Sea" FILM PARTNERS

――ディーンさんのプロフィールを見ると、国境を越えて活動する中、その土地、その土地でいいご縁を結んでいく力があると感じました。一緒にお仕事をしてみて、そんな「ボータ—を越えていく力」はどんなところにあると感じましたか?

まず、ご本人がマジメだということがあると思います。今回の撮影現場であるインドネシアのスタッフの方にも、すごく馴染んでました。バハサ(インドネシア語)を話せるというのもあるんですが、普通に現地のドライバーさんと仲良くなって一緒に町に遊びに行ったり、買い物に行ったり、すっと懐に入っていける何かがあるんでしょうね。

――その「何か」とは?

やっぱり、あの笑顔にはやられますよ(笑)。人懐こいというか、魅力的ですよね。

ディーンさんの不思議さは、「謙虚」というところにもあると思います。たとえば、これまで受けたインタビューでも、鶴田真由さんが撮影休みにマネージャーさんを置いてひとりでジョグジャカルタに行かれたというエピソードを賞賛されているんですよね。20代でアジアを渡り歩いてきたディーンさんだってよっぽどだと思うんですけど(笑)、上から目線で物を言うようなところがないんです。誰とでも同じ目線で接する。いろいろな世界を見てきてるのに、それを驕ることがないんですよね。

『海を駆ける』 大ヒット上映中
配給:日活 東京テアトル
(C) 2018 "The Man from the Sea" FILM PARTNERS

――どんな仕事でもそうですが、キャリアを重ねるほどに、驕らないって大事ですよね。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という美しい諺がありますけど、自分もそうなりたいですし、ディーンさんはそういう人なんだろうなと思います。

インドネシアで感じた労働環境に対する意識の違い

――深田監督の作品には、平和な日常を脅かすような異質な者や闖入者がよく登場します。本作のラウや、日本から来たサチコ(阿部純子さん)もそうと言えます。監督はどうしてこういうキャラクターを描き続けるのですか?

無意識なところだと思うんですけど、逆に誰かに分析してほしいですね(笑)。でも、あるコミュニティに第三者が入ってきて、騒動が起きていくというのは、ある種、古典的な話だと思うんです。第三者が入ってこなければ騒動が起きようがないので、映画が進まないですからね。それに、やはり狭いコミュニティの中でチマチマしている映画より、他者性がでてきていいですよね。

『海を駆ける』 大ヒット上映中
配給:日活 東京テアトル
(C) 2018 "The Man from the Sea" FILM PARTNERS

――ディーンさんのように無国籍な匂いのする人や、ちょっと異質な人に興味を持つようになったきっかけは?

人との出会いが大きいですね。たとえば、20代のときに、藤井光さんというフランスで10年間アーティスト活動をされていた人と知り合って、フランスのいろんな文化行政の話を聞きました。自分たちが当たり前だと思っていた日本の映画の現場とあまりにも違うということを知ることができた。フランスでも韓国でも、海外に行っていろんな知り合いが増えるというのは、シンプルにとても大事なことだと思っています。

――『海を駆ける』は日本、インドネシア、フランス合作です。インドネシアの現場では怒号がまったく聞こえなかったとうかがいました。それを聞いて、ということは日本の現場は違うのか……と思いました。

日本では、仕事となるとどうしても「緊張感を持ってマジメにやらないといけない」という意識が強すぎるのかもしれないですね。もちろん、それも必要なんですけど。インドネシアのスタッフたちも、仕事は早いし、ちゃんと働いてくれるんですけど、すべてを楽しんでいる感じがあって、誰かが失敗しても笑い合ってフォローする雰囲気があります。日本では、時々、失敗した人を叱責することで現場の緊張感を保とうと考えてしまう人がいる。それは本当にやめて欲しいと思います。

『海を駆ける』 大ヒット上映中
配給:日活 東京テアトル
(C) 2018 "The Man from the Sea" FILM PARTNERS

――仕事を楽しむ/楽しめないという、日本とインドネシアの差とは何なのでしょうか?

たぶんいくつか理由があると思いますが、まずは労働環境に対する意識ですよね。

労働法というのはどこの国にもあるはずで、ヨーロッパやアメリカではユニオン(労働組合)が強いんです。それゆえに、映画の現場の環境が日本よりはるかに整備されていて、決して“ブラック”ではない。インドネシアにはユニオンはありませんが、たとえば夜の12時に撮影が終わったら、当たり前のように翌日の撮影開始は昼の12時なんです。ちゃんと12時間空けてくれる。今回のように3週間というタイトな撮影スケジュールですと、日本では考えられない。たぶん、ひとりひとりの意識の問題なんだと思います。もちろん、スケジュールを組むときに、「徹夜撮影はしたくない」など、私からあらかじめスタッフ側に要望を伝えてはいましたが。

あとはやっぱり、仕事量に見合ったスタッフの人数を確保しているというのもあるかもしれませんね。

『海を駆ける』 大ヒット上映中
配給:日活 東京テアトル
(C) 2018 "The Man from the Sea" FILM PARTNERS

――今回はちゃんとお休みもとりつつ、3週間というスケジュールで撮り終えたというのがすごいですね。

いや、自分は心の中で結構焦っていました。「3週間で撮れた」というのは決して誉められる話ではなくて、本来なら5、6週間あったほうがよかったと思います。やっぱりオリジナル企画という時点で、資金集めがなかなか難しい。3週間で撮るというのは、決して豊かではないと思います。「これでいいんだ」と思われたら業界的に困るので、一応強調しておきます。

*         *

深田監督の言葉からは、多様な価値観を受け入れながら前進する監督とディーン・フジオカ、2人の共通項がおぼろげながら見えてくる。オープンで、真面目で、穏やか。この2人の化学反応によって、映画『海を駆ける』は、不条理なのに優しい、無国籍なファンタジーとして成立している。