本年度ゴールデン・グローブ賞で作品賞と主演女優賞を受賞し、アカデミー賞では主要5部門でノミネートされた『レディ・バード』(公開中)。アカデミー賞のダークホースと噂されながら、惜しくも受賞は逃しましたが、当初は、全米でたった4軒の映画館で公開されていたのが、口コミで人気が広がり、1,557館もの映画館で公開されたという話題作です。

舞台は2002年のアメリカ。主人公レディ・バード(シアーシャ・ローナン)は、大学進学が目前の高校3年生。自分が住んでいるカリフォルニア州サクラメントでの進学はまっぴら御免で、“文化的な”ニューヨークの大学へ進みたいと考えています。ところが、レディ・バードの両親にはそんなお金がありません。両親の反対を押し切ってまで、レディ・バードはなぜニューヨークへ行きたいのか? 

本作をより深く理解するために、実際にアメリカ南部の高校を卒業しニューヨークへ進学した筆者の経験から、アメリカの大学事情をご紹介したいと思います。

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自由に見えるアメリカの高校生。でも実態は……?

日本の高校生のように塾や予備校に通わず、車を乗り回しているアメリカの高校生。バイト、スポーツやプロム(学年の最後に行われるフォーマルなダンスパーティー)を楽しむ時間もあり、男女交際に関しても日本よりもずっと自由に見えます。そんな印象を与えるアメリカの高校生ですが、実は日本の高校生よりも閉塞感を感じている部分も。

アメリカの多くの州では16歳で車の免許を取得できます。日本の国土の約25倍という広さのアメリカは必然的に車社会。限られた大都会に住まない限り、徒歩で出かけることはまずありえません。

アメリカの公立小、中、高校にはスクールバスがありますが、筆者の経験だと、高校生にもなってスクールバスに乗るのは、“uncool(かっこ悪い)”という位置づけ。アメリカのミドルクラスでは、多くの生徒が親に車を買い与えられるか、親から車を借りるかをして移動しています。それができないレディ・バードのような子供は、どこへ行くにも親か友達に頼らなければいけないのです。

作中、お金持ちでバンドにも入っている美少年、カイル(ティモシー・シャラメ)と知り合ったおかげで、クラスのキラキラ女子のボス、ジェナ(オデイア・ラッシュ)とも仲良くなり、ようやくイケているグループに入ることができたレディ・バード。いわゆるスクールカーストで頂点に立つ“cool(かっこいい)”な生徒たちは、皆一様に高級車に乗っています。

高校生とはいえ、通学の方法ひとつで、学校での立ち位置が決まってしまう過酷な社会。一見、自由で自立しているように見えるアメリカの高校生ですが、お金のない親をもつ生徒は学校での地位が低くなり、放課後の行動もかなり制限されてしまうことも……。

自分をレディ・バードと呼ぶ理由は……?

とはいえ、お金がなくとも、自分をcoolな存在へ押し上げる方法もあります。例えば、芸術やスポーツに秀でること。アメリカでは、芸術やスポーツが学業と同じレベルで重要視されます。

映画内でレディ・バードと親友ジュリー(ビーニー・フェルドスタイン)は、ミュージカルグループに参加しますが、このような活動で自分の個性をアピールするのもひとつの手。本作でレディ・バードが通う高校は私立校なので、オーディションを受けた全員がミュージカルの役をゲットしましたが、これが人数の多い公立高校なら、生徒たちはさらに厳しい競争にさらされます。

実際に、筆者が通った公立高校では、スポーツチームやコーラスグループに入るにも実技試験があり、日本の部活よりもずっとハードルが高いものでした。つまり、日本の帰宅部のように何も活動していない生徒や、勉強だけをしているガリ勉生徒は、アメリカの高校では“uncool”な存在なのです。

レディ・バードの本名はクリスティン。レディ・バードはこの奇妙なニックネームを自称し、周囲にもこの名前で呼ぶように強要します。クリスティンという平凡な女の子ではなく、“特別な何者か”になりたい――そんな彼女の強烈な自意識が、ニューヨークへの想いを掻き立てます。

学費は日本の3倍以上!? アメリカの大学事情

レディ・バードの進学が軸の本作。レディ・バードの母親はニューヨーク行きに大反対しています。それは、べらぼうに高い学費が原因。2018年度の日本とアメリカの大学費用を比較してみましょう。入学金や諸経費を除いて、ここでは1年間の授業料だけを見ます。

まずは、レディ・バードの母親が薦めるUCデービス(カリフォルニア大学デービス校)。レディ・バードはカリフォルニアの州民なので、カリフォルニアの州立大学では州外に在住のアメリカ人や留学生よりもずっと安い学費が適応され、授業料は約159万円(参照1)。ただし、もしレディ・バードがカリフォルニア州民でなかったら、公立と言えど、1年間の授業料は約478万円にも跳ね上がります(ちなみに、アメリカには国立大がありません)! ちなみに、レディ・バードが受かった名門私大ニューヨーク大学の授業料は、約310万円です(参照2)。

反面、日本の名門私大、慶應義塾大学の文学部の授業料は86万円(参照3)で、早稲田大学の文学部は101万円(参照4)。ニューヨーク大学は慶應義塾大学の3.6倍、カリフォルニア州立大学でも1.8倍も高いのです。

ところで、アメリカには様々な奨学金があると言われますが、全額奨学金で入学できるのは一握りの超優秀な学生だけ。アメリカのニュース番組『CNBC』のWEB版『CNBC MAKE IT』(参照5)によると、2012年におけるアメリカの4大卒業者のうち、71%が学生ローンを組んでいたそう。大学卒業時に抱えるローンの金額は、州立大卒業者で平均約281万円、私立大卒業者で平均約355万円なのだとか。

このような事情をふまえると、レディ・バードがニューヨークへ進学することに納得しない母親の気持ちがよく分かります。それでも、ニューヨークの大学に進学することのメリットは、教授陣や卒業生のネットワークを活かしたインターンシップの選択肢の豊かさ。どの分野に進もうと、目標を明確にし努力さえすれば、素晴らしい経験がつめるでしょう。しかしながら、有名大学を卒業しても、アメリカの新卒は厳しい現実に直面するのです……。

一流大卒でも就職が難しいアメリカ

地元の公立高校は危険だからと、レディ・バードをあえて学費の高いカトリックの私立高校に通わせた彼女の両親。父は失業中で、母が看護師として家計を支えています。そして、レディ・バードの兄はUCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)を卒業しているのにもかかわらず、スーパーのレジ係。UCバークレーは、孫正義のような世界的著名人を輩出しているほどの名門大学なのに、なぜなのでしょうか? しかも、父に至っては修士号をもつほどの高学歴です。

なぜなら、“一流大卒”がアメリカでは就職に直結しないから。日本と違い、アメリカの会社は新卒よりも、中途のスペシャリストを通年採用する傾向があります。もちろん、ケースバイケースですが、新卒を取る場合は、大学名以上に「大学でなにを専攻したか」を重要視します。

例え一流大学を卒業しても、職務内容と専攻がマッチしていない場合は採用されにくく、レディ・バードの兄が名門大を卒業しても就職できなかったシーンには、アメリカにおける新卒の就職難が映し出されています。新卒というハンデを補うために、大学在学中にインターンをして実務経験を積み、即戦力となる準備をしなければいけないのです。

しかし、無事、希望の職に就けたとしても、アメリカでは会社のトップが替わる度に組織が再編成され、要らなくなった部署にいる人々は能力や学歴の関係なしに、直ちに解雇されてしまいます。会社の都合でいつクビになるかわからないーーそんな危機感に常にさらされているせいで、アメリカの会社員は働きながら大学院に進む人が多く、レディ・バードの父のように高学歴で実務経験が豊富でも、会社の一方的な理由でクビになってしまうところに、アメリカの厳しい社会が見えます。

とはいえ、「3年間同じポジションなら転職しろ」と言われるほどの流動的な雇用市場があるアメリカ。転職しながらキャリアアップし、収入を上げていくことができるのもアメリカの企業文化です。

監督のグレタ・ガーウィグ(写真右)

本作で長編映画監督デビューを飾ったグレタ・ガーウィグは、レディ・バードと同じようにサクラメントからニューヨークの大学に進学し、大学在学中に映画界の若手クリエイターを牽引する存在となりました。

家族の苦労も考えず、自分のことしか顧みなかった10代の頃。“自分は特別だ”と信じ込んでいたあの頃……。現実はシビアで苦いけれど、これから始まるレディ・バードの物語を、大人になった私たちは応援したい。大人になった今でも一歩踏み出せば、新しい物語が始まるはずなのだから――

(文・此花さくや)

※記事内はすべて1ドル110円換算

参照1…https://www.ucdavis.edu/admissions/cost/(UC Davis|Cost)
参照2…https://www.nyu.edu/students/student-information-and-resources/bills-payments-and-refunds/tuition-and-fee-rates/2017-2018/college-of-arts-and-science-2017-2018(New York University|College of Arts and Science 2017-2018)
参照3…https://www.keio.ac.jp/ja/admissions/fees/(慶應義塾大学|慶應義塾大学学部の学費)
参照4…https://www.waseda.jp/inst/admission/undergraduate/fees/(早稲田大学|2019年度学部入学者 入学金・学費・諸会費)
参照5…https://www.cnbc.com/2017/11/29/how-much-college-tuition-has-increased-from-1988-to-2018.html(Here’s how much more expensive it is for you to go to college than it was for your parents|CNBC)