『父の秘密』(2012年)、『或る終焉』(2015年)のミシェル・フランコ監督が、母と娘の間に横たわる闇を、ミステリータッチで描いた衝撃作『母という名の女』(6月16日より公開)。そこかしこにエロティックな要素をふんだんに取り入れながらも、家族の間の「モラルの崩壊」を、辛辣なアイロニーを込めて描いた、スリリングな本作の見どころを紹介する。

性に対照的な姉妹が織りなす、平穏に見えて奇妙な生活

メキシコの海辺のリゾート地にある豪華な別荘に住む、不器量な姉クララとセクシーな妹のバレリア。映画の冒頭、黙々と姉クララが朝食を作っていると、そのすぐ隣の部屋から17歳の妹バレリアの喘ぎ声が漏れてくる。それだけでも十分異様な雰囲気なのだが、その直後、さらに目を疑うような展開が押し寄せる。同い年のマテオとの性行為を終えたばかりのバレリアが、全裸のまま姉のいるキッチンに恥ずかしげもなく入ってくるのだ。

しかも、華奢な彼女の腹部だけが異様に膨らんでおり、臨月であることが明かされる。姉クララにも戸惑う気配はなく、妹たちの寝乱れたベッドのシーツを、なんと彼女が取り換えに行く……。

この姉妹、一体どんな関係なのか。そんな疑問が頭の中で湧き起こる中、離れて暮らす二人の母であるアブリルが突如として別荘に現れて、出産間近のバレリアの面倒を見ることに。

(C)Lucía Films S. de R.L de C.V. 2017

「美魔女」というにはまだ若過ぎる、現役バリバリの母

三姉妹と言っても差し支えないほど若々しさを保ったアブリルに驚かされるが、彼女自身17歳で長女を出産しており、いまだアラフォー。「美魔女」と形容するにはまだ早く、子育てに追われていた青春時代を必死で取り戻すかのように、実の娘と張り合いまくるのだ。

その後の展開は、まさに坂道を転がる石のごとく。アブリルは本作のタイトルがあらわす通り、内に秘めたる欲望を全開にしながら、理不尽極まりない行動に突っ走る。

なんと妊娠中のバレリアの恋人・マテオを誘惑するだけに飽き足らず、生まれてきた孫のカレンをバレリアの元から奪い去り、マテオを呼び寄せ、あたかも新婚夫婦かのように三人で暮らし始めるのだ。

(C)Lucía Films S. de R.L de C.V. 2017

圧倒的な美貌で底知れぬ女の怖さを演じ切った女優、エマ・スアレスの才能

母親という以前に、人としてモラルのかけらも感じられないアブリルの行動は、モンスターとしか言いようがないほどエスカレートしていき、もはや誰にも止められなくなる。

近年日本でも「毒親」というキーワードが市民権を得て、著名人が母親との関係を赤裸々に告白する機会も見受けられるが、さすがにここまでぶっ飛んでいる話は、なかなかお目にかかれない。 演じ手の感情の揺らぎを映画の中に取り込むため、撮影はすべて物語の時系列順に進められ、現場でのアドリブと徹底した下準備を上手く掛け合わせて撮影されたという本作。 なんといっても注目すべきは、狂気の母アブリルを、圧倒的な美しさと底知れぬ女の恐ろしさをない交ぜにして見事に演じ切った、エマ・スアレスの女優としてのとてつもない才能だ。 そして、母親に翻弄されるバレリアを演じたアナ・バレリア・ベセリルの戸惑いと哀しみ、そして煮えたぎる怒りをたたえた表情にも、きっと多くの観客は釘付けになる。

(C)Lucía Films S. de R.L de C.V. 2017

モラルの重圧に苦しむあまり、それを逸脱してしまう人々の姿を冷徹なまなざしで描くミシェル・フランコ。もはや監督お馴染みの作風ではあるのだが、この『母という名の女』は、完全にホラーの域にまで達している。身近な人間の豹変こそが、なにより一番恐ろしい。背筋がゾッとする1本だ。

(文/渡邊玲子@アドバンスワークス)