文=関口裕子/Avanti Press

一作の映画、または一人の監督を核に、過去未来、ジャンルを超えて(思いがけない)映画の系譜を紹介する「#シネマ相関図」シリーズ! 第一回目は、『世界の中心で、愛をさけぶ』をピックアップ。

『世界の中心で、愛をさけぶ』は、2004年(公開年)に10~20代だった人々の記憶に、思いのほか深く刻み込まれている映画だ。その世代でなくとも、“セカチュー”という略称を聞けば、「ああ、あの映画」と思いあたるのではないか。約640万人の観客を動員して約85億円を稼ぎ、その年の日本映画興行1位だったのだから当然ではあるが。

「世界の中心で、愛をさけぶ スタンダード・エディション」好評発売中¥3,800+税
発売元:博報堂DYメディアパートナーズ・小学館
販売元:東宝

新人だった森山未來、長澤まさみを第一線級に押し上げ(森山の友人役を無名だった高橋一生が好演。後年、長澤まさみと『嘘を愛する女』で共演)、大沢たかお、柴咲コウを確固たるスターにした本作だが、ともすると“ティーンエイジャー用の泣ける純愛もの”カテゴリーに格納されがち。「え、違うの?」とおっしゃる方に申し上げたい。「はい、違います!」。確かにその要素はあるが、決してそれだけではない。実はこの『世界の中心で、愛をさけぶ』、過去の名作と、その後に作られた佳作青春ものを結ぶ、重要な作品なのだ。

助監督時代、岩井俊二監督、篠田昇カメラマンから得たもの

監督は、行定勲。近作は、松本潤、有村架純主演の文芸映画『ナラタージュ』(2017年)や、ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞した二階堂ふみ主演の『リバーズ・エッジ』(2018年)など。

68回ベルリン国際映画祭にて『リバーズ・エッジ』 Pascal Le Segretain/gettyimages

助監督としては、岩井俊二監督の『Love Letter』(1995年)、『スワロウテイル』(1996年)、林海象監督の『我が人生最悪の時』(1994年)などに付き、演出力、アイデア、掌握力のある“スーパー助監督”として業界では知られていた。岩井監督の言葉を借りると、「一番監督デビューしてほしくなかった片腕」だったのだ。

その岩井監督の盟友ともいえるカメラマン、故・篠田昇さんは、“光と影のマエストロ”ともいわれる映像派。『undo』(1994年)から『花とアリス』(2004年)まで、ほとんどの岩井作品を撮影している。助監督だった行定を見ていた篠田は、「きっと面白い監督になる。その時は僕が面白い絵を撮ってやるんだ」と言い、その言葉通り、行定監督の長編初監督作『OPEN HOUSE』(1997年)を撮影。『世界の中心で、愛をさけぶ』も担当した。しかし、完成直前に急逝。『世界の中心で、愛をさけぶ』は遺作となった。

篠田カメラマンは、神代辰巳監督の『噛む女』(1987年)、相米慎二監督の『ラブホテル』(1985年)、『夏の庭 The Friends』(1994年)の撮影を担当している。神代監督も、相米監督も、行定監督が大いに影響を受けた映画監督だ。行定監督にとって、篠田カメラマンは、敬愛する監督と仕事をした偉大なる存在でもあった。

『セカチュー』の中に生きる成瀬、川島、神代、相米らの名作

行定監督は、好きな映画として、内田裕也が人気を失ったロック歌手を演じる神代監督の『嗚呼!おんなたち 猥歌』(1981年)、台風上陸の夜を学校で過ごす中学生らを描く相米監督の『台風クラブ』(1985年)をあげている。神代、相米のエッセンスは行定作品の『ジムノペディに乱れて』(2016年)や『世界の中心で、愛をさけぶ』の中で“生きている”。映画にはオマージュをささげていると思しきシーンが登場するので、ぜひ観て確かめていただきたい。

行定監督がリスペクトする監督には、ほかに成瀬巳喜男監督、川島雄三監督、藤田敏八監督、森田芳光監督らがいる。行定監督は、それぞれの監督に、律儀にもこんな形でオマージュをささげている。

『ナラタージュ』(2018年)の中で有村架純が見ている映画として、成瀬監督の高峰秀子主演『浮雲』(1955年)が登場する。『浮雲』も『ナラタージュ』同様、別れられない男女の大人な恋を描いた名作だ。

また、川島監督の『しとやかな獣』(1962年)に登場する、芸能事務所の社長を出し抜いて旅館を建てるヒロイン・若尾文子に“恋する”あまり、自作『春の雪』(2005年)への出演を若尾にオファーし、18年ぶりに映画出演させて、話題を集めた。

1959年「ミュンヘン日本映画見本市」参加のため到着したベルリンの空港にて。
前列左から大川恵子(東映)、司葉子(東宝)、若尾文子(大映)、芦川いづみ(日活)、後列左から小山明子(松竹)、大空眞弓(新東宝)
(C) KEYSTONE Pictures USA / eyevine

藤田敏八監督の『スローなブギにしてくれ』(1981年)でも同様なことが行われた。『スローなブギにしてくれ』は、カラッとライトで少しアンニュイな“西海岸”風といわれた原作となる片岡義男の小説から、“頑張って”陰の部分を抽出して映画化した作品。本来は、バイク青年(古尾谷雅人)とムスタングに乗るやさぐれ中年男(山﨑努)の間を揺れ動く、子猫を抱いた少女(浅野温子)の話だが、映画は、監督と脚本家の興味が集中した山﨑努の話になっている。その山﨑努に魅了された行定監督は、山﨑を『世界の中心で、愛をさけぶ』に重要な役でキャスティングしている。

『世界の中心で、愛をさけぶ』にはもう一人、行定監督が大好きだと話す、『の・ようなもの』の森田芳光監督を“映画監督”役で登場させている。

映画監督に映画を撮らせる原動力となるのは、それまでにその人が、読んで、観て、聴いて、摂取した数々の映画や音楽、小説など。むさぼるように取り込んだそれらが、血となり、肉となり、エネルギーになる。行定監督の場合も然り。彼が摂取したものは、時々、オマージュという形で作品に登場する。それを見つけるのも映画を観る楽しみのひとつといえる。

『セカチュー』以後始まった、キラキラ映画の系譜

かつて行定監督を狂喜させた映画たちが生み出したといえる『世界の中心で、愛をさけぶ』は、次なる時代の幕を開けるエポックな作品となった。

『世界の中心で、愛をさけぶ』が生み出したジャンルのひとつに、“キラキラ映画”がある。“キラキラ映画”とは、恋に悩みながらもキラキラと成長していく、高校生男女によるラブストーリーのこと。近年、とみに市民権を獲得しているこのジャンルは、映画興行のメインストリームともなっている。

以後、様々な派生形を形成しながら、ジャンルを揺るぎないものにしていく“キラキラ映画”を、10億円以上のヒットとなった作品から紹介する。

まずは“泣ける純愛映画”ジャンル。公開時、『世界の中心で、愛をさけぶ』は“泣ける純愛映画”といわれた。この系譜としてヒットしたのが、難病を患う主人公たちの恋を描く『恋空』(2007年)、『僕の初恋をキミに捧ぐ』(2009年)、運命を止めることのできない別れに涙する『ハナミズキ』(2010年)、『君に届け』(2010年)、『僕等がいた』(2013年)など。これらのヒットが、“泣ける映画”をジャンルとして確立していった。

“泣ける”キラキラ映画に続き、メインストリームに立ったのは、“壁ドン”、“あごクイ”ありの、コメディタッチなラブストーリー。『今日、恋をはじめます』(2012年)、『好きっていいなよ。』(2014年)、『アオハライド』(2014年)、『ヒロイン失格』(2015年)などがその系譜。

そんな王道少女マンガともいえるラブストーリーに、ヒロインが成長する上での葛藤を丁寧に描く作品が加わった。例えば、『カノジョは嘘を愛しすぎてる』(2013年)、『ストロボエッジ』(2015年)、『ホットロード』(2015年)、『ちはやふる』(2016年)などがそれに該当する。高校生同士の恋に加え、人生を切り拓く物語が加わることで、観客の層も広がったのだろう。どれも15億円を超えるヒット作となっている。

22回釜山国際映画祭にて『ナラタージュ』行定監督と有村架純 Han Myung-Gu/gettyimages

そこに“大切な人を失う”という要素が加えたのが、『orange オレンジ』(2015年)、『君の膵臓をたべたい』(2017年)。この2作品には、さらに大人になった10年後の主人公の視点が加わる。それぞれ32.5億円、35.2億円の大ヒットとなっており、その要素が、観客層を広げることに貢献した。

もう一度いうと、『orange オレンジ』、『君の膵臓をたべたい』に共通するのは、高校生の純愛、大切な人を失う、そして高校時代の過去と大人になった現在を描くという3つの要素。これはすべて『世界の中心で、愛をさけぶ』にもあてはまる。

2017年度の日本アカデミー賞話題賞を『君の膵臓をたべたい』が受賞した時、企画・プロデュースを担当した東宝の臼井央が、「若い力があってこそ作れた」とコメントした。39歳の彼は、『君の名は。』の川村元気プロデューサー、『シン・ゴジラ』の佐藤善弘プロデューサーと同期。35歳の月川翔監督と、まだ無名に近い17歳の浜辺美波と、20歳の北村匠海をダブル主演にして、成功させた。確かに若い力で実現させたわけだが、彼は先駆者からバトンを受け取ることを忘れなかった。臼井プロデューサーは、原作にはない“大人になった主人公の視点”を加えると決めた時、『世界の中心で、愛をさけぶ』を思い出し、同作を大ヒットに導いた博報堂の春名慶プロデューサーに参加を要請している。

ティーンエイジャー向け映画からの脱却

『世界の中心で、愛をさけぶ』は13年という時間をかけて、『君の膵臓をたべたい』へとつながっていった。“泣ける”“純愛”“高校生”“人生”“成長”などの要素がバラバラにならず、その映画の全体世界を作る要素となった時、“キラキラ映画”は実は単純なティーンエイジャー向け映画ではなくなったのだ。

本来、このような企画・制作にまつわる話は、映画を観る時には忘れていていい、作り手サイドの事情で、むしろ気づかなくていいことともいえる。

でも名作は、新しい作品を刺激し続ける。そして、作り手らも、未来へと刺激し続けるからこそ面白い映画が続々と登場するのだ。ならば観る側としても、過去と未来を縦横無尽に行き来して、自分が面白いと思う映画を発見したい。そこには意外なつながりが見えてくるはず!

ちなみに高橋一生と長澤まさみが共演した『嘘を愛する女』も、臼井プロデューサーの作品だ。