『選挙』(2007年)、『精神』(2008年)をはじめ、手掛けた作品が常に世界的評価を受けている想田和弘監督。「事前にリサーチしない」「テーマは決めない」「ナレーションやテロップを使わない」などの十戒からなり、自ら提唱する「観察映画」を基本手法に、彼は独自のドキュメンタリーを発表してきた。だが、新作『ザ・ビッグハウス』(6月9日公開)は、これまでといろいろと様相が違う。しかも被写体は、「アメリカン・フットボールの聖地」だ。

「観察映画」、国内から初めて飛び出しアメリカへ

『ザ・ビッグハウス』と、過去作との最大の違いは、やはり日本からアメリカへ舞台を移したことだろう。

これまでの想田作品はすべて日本国内が舞台。いわば、初めて日本を離れてのアメリカ版「観察映画」になる。そうなった理由を監督はこう明かす。

「ひと言で言えば、ご縁。これまでは日本に縁があったけど、今回はアメリカにたまたまいいご縁ができた。きっかけは、共同製作者及び監督で、ミシガン大学教授のマーク・ノーネスからの誘い。彼から同大学で一年間招聘教授をやってみないかと言われ、せっかくなら学生たちと一緒に、大学の象徴であるミシガン・スタジアム、通称“ザ・ビッグハウス”についての観察映画を撮ってみないかとなった」

彼にはこの時、アメリカだったら「観察映画」が撮れるのではないかという気持ちはあったそうだ。

「その理由は、言葉がわかることがひとつ。もうひとつは、観察映画の場合、撮っているものを社会的な文脈や背景に置いてみたくなるので、その国の社会についてある程度、把握できていなければならない。アメリカでの暮らしが長く、僕にとってアメリカは第二の故郷。それで“日本以外で撮るとしたらアメリカかな”と。それ以外の国だと、どうしてもツアーリスト的な目線になってしまう危険性があるので」

(C)2018 Regents of the University of Michigan

被写体は観察映画史上最大。撮影は自分ひとりから17名へ!

これまでの観察映画の違いとして次にあげられるのは、被写体の大きさ。

今回は過去最大の被写体だ。撮影対象は、先に触れたように“ビッグハウス”。アメフトの聖地として知られ、ミシガン大学のアメフト・チーム“ウルヴァリンズ”の本拠地である本スタジアムは、全米最大で収容人員は10万を超す。

そのため、これまで想田監督は自らのカメラ1台での撮影を基本としてきたが、今回ばかりは学生13人を含む、17人で撮影する体制を組んだ。これもまた観察映画史上初の試みだ。

「17人が“いっせーのせ”で同時に思い思いにカメラを回しました。ただ、17人で撮るのはいいけど、点でバラバラにとったものが果たしてひとつにまとまるかは未知数だった。“完成は無理かも”と、不安に思っていなかったと言ったら嘘になる(苦笑)」(想田)

(C)2018 Regents of the University of Michigan

ビッグハウスの実像から、アメリカ社会、大統領選挙の行方までが浮かび上がる

17名が各々撮ってきた映像を、その都度まとめて見て、批評して、再び撮影に出る。そうした作業を繰り返し行うことで、映画に必要な場面が揃っていく。このプロダクション過程もまた異色だ。

ただ、不思議なことに、それぞれが好き勝手に撮ってきた映像が濃密なセッションを経てつながったとき、偶然か必然か、ビッグハウスという場所の全貌と実像が浮かび上がる。

そこからは、人種や階級、経済格差、宗教問題といった現代のアメリカ社会が垣間見え、大統領選挙真っただ中にあったトランプ大統領誕生を予期するような世間の空気まで封じ込めている。

このさまざまなものを浮かび上がらせる作品の奥深さと豊かさはいい意味で、過去の観察映画と変わらない。監督はこう振り返る。

「誰がどこを撮るかは事前に決めましたが、撮影に関して僕が注意したのは、被写体になるべく接近することと、長い時間カメラを回すこと。あとは、事前に何を撮るか考えずに、カメラを回しながら自分の興味や注意がいくところに追っていこうと言った。撮影中に僕がみんなに指示したことは一切なく、完全に任せました。

一方で、僕がちょっと危惧したのは大学サイドの介入。おそらく大学としては、イメージとしてあまり強調したくないシーンも映画に残しましたからね。でも、大学側から横やりを入れられるようなことは一度もなかった。初めはどうなることかと思いましたけど、実際にやってみると、みんなが僕には撮れないような視点で撮影をしてきて、いろいろな世界が見えてくる作品になった。

気づけば日本よりアメリカで長く暮らしている。今回は、そのアメリカという国をきちんと見つめる機会になった。映画を撮らないと、そこまで真剣に自身のいる社会を見つめないし、考えない。今回の試みは、アメリカという国の根っこというか本性を見られた気がします。

また、これまで撮影から編集、あらゆる作業を自分でやってきて、どうにも他人任せにできないところがあった。でも、今回の経験で、その変な固定観念から解き放たれたというか。他人を信頼して任せると、自分の限界を超えた作品ができる可能性があるんですね。これは今後の作品制作において大きな自信になる」

(C)2018 Regents of the University of Michigan

余談になるが、本作には、アメリカン・フットボールの試合風景やファンの声から、チームの監督、選手たちのインタビュー風景も収められている。それは本来のアメリカン・フットボールの魅力を伝えている。これらの映像を見ると、監督や選手の存在、大学スポーツとしての在り方などを含め、今の日本で起きているアメフト問題が、いかに異常かが奇しくもわかる。

想田監督自身が「大きな自信になった」と語る新たな観察映画。巨大スタジアムから、果たしてアメリカの何があらわになるのか、目撃してほしい。

(文/水上賢治@アドバンスワークス)