「僕は今回、現場で演技を1回もしていません。あそこに映っているのは、ぜんぶ“素”です」

奈良・吉野の神秘の森を舞台に描いた、ひととひと、ひとと自然の未来をめぐる“いのちの物語”『Vision』。この映画の中で岩田剛典が演じたのは、主人公の智(永瀬正敏)やジャンヌ(ジュリエット・ビノシュ)を繋ぐ役割を果たす山守の青年・鈴<りん>。ある種、物語のキーパーソンともいえる重要人物なのだが、にもかかわらず演じていないとはどういうことか? ふつうはそう疑問に思うところだろうが、この映画の監督を務めたのは河瀨直美。河瀨監督の現場では、役は“積む”ものであり、決して演じるものではないのである。

河瀨監督がとる独特な撮影方法

撮影=興村憲彦

「河瀨組はほんとうに独特でした。撮影期間は撮影場所でもある吉野の山中の山小屋で暮らしていたんですが、朝起きるとすでにカメラが回っていて、そのままずっと回しっ放しの中で生活していくんです。そこでは台本も関係なく、監督から演技面での演出があるわけでもなく、いってみればドキュメンタリーに近い形で演者たちの生活がカメラにおさめられていく。ただしそれは、演者個人としての生活ではなく、たとえば僕の場合なら、あくまでも“鈴として”の生活でなければならないんです。岩田としての言葉を発することはなく、スタッフさんたちも私語を喋ろうものなら怒られていました。なので、さきほど言った“素”というのも、僕個人の素ではなく、鈴の素ということになります」

これは、安直な言葉でいえば、“完全にその人物になりきる”ことを意味するのだろうが、そのために河瀨監督がとる、まさに独特な方法は、初の劇場映画『萌の朱雀』(1997年)の頃から一貫している。スタートもカットもかからないなか、四六時中、回るカメラの前で、その人物であることを求められる現場。いや、撮影時だけではない。河瀨作品では、撮影に入る前からその舞台となる街や部屋に演者を住まわせ、しばらくの間、そこで生活させるのが通例。ただし、三代目J Soul Brothersのツアーの合間を縫って撮影に参加した岩田(とビノシュ)に関しては、そこまでの要求は実質的に無理があった模様。

鈴としての準備

撮影=興村憲彦

「それでも事前に鈴として準備したことはいろいろありました。監督に言われて鈴の詳細なバックグラウンドを考えたのがひとつ。実際、奈良のあのあたりの高校を調べ、出身校は○○高校で、卒業してからはまずあそこでバイトをして……とかなり具体的に。あとは、鈴を育てたおばあちゃん役の白川和子さんとピクニックもしました。劇中ではご一緒のシーンはなかったし、現場でもお会いすることはなかったんですが、おばあちゃんと鈴の思い出を体験するために、白川さんがつくってくださったお弁当を持って、公園でアドリブのエチュードをしたんです。もちろんそこで交わす会話もすべて、おばあちゃんと鈴としてのもの。で、それを僕らに仕込んだ録音機から監督が聞いているという(笑)。これも役を“積む”ことのひとつだったのでしょう。役者としてすごく贅沢をさせていただいている感じがして新鮮でした」

インタビューの続きは『キネマ旬報』6月下旬号に掲載。今号では『Vision』の特集をおこなった。岩田剛典のほか、永瀬正敏のインタビュー、作品評を掲載している。(敬称略)

『Vision』
2018年・日=仏・1時間50分 監督・脚本・編集:河瀨直美 出演:ジュリエット・ビノシュ、永瀬正敏、岩田剛典、美波、森山未來、コウ、白川和子、ジジ・ぶぅ、田中泯、夏木マリ 配給:LDH PICTURES ◎6月8日(金)より全国にて

取材・文=塚田泉/制作:キネマ旬報社