公開中の『フジコ・ヘミングの時間』は、ピアニストのフジコ・ヘミングに迫ったドキュメンタリーだ。フジコ・ヘミングというアーティストのキャリアやすばらしさを、単になぞって振り返るものだけではない。本作は監督独自の視点が光るアプローチから、唯一無二の存在感を放つ彼女の実像が見えてくる。

自主制作からスタートした撮影

はじめに簡単に触れておくと、フジコ・ヘミングは、数々の苦難を乗り越えて60代にして世界に見出された奇跡のピアニストだ。80代に入ったいまも世界中で演奏活動を続けている。

コンサートはヨーロッパ、日本、北米、南米と世界中をめぐり、いずれもチケットは即完売。世界中から公演のオファーが絶えない。本作は、そんな彼女を2年間に渡って撮影。パリ、ニューヨーク、ロサンゼルス、ベルリン、東京、京都などワールドツアーで世界を飛び回る彼女の日常に寄り添っている。

本作を手掛けたのは、映画はもとよりドキュメント作品やミュージックビデオなどを多く撮り、コンサートの総合演出なども手掛ける小松莊一良監督。小松監督はフジコに焦点を当てたテレビドキュメンタリーの制作をきっかけに、彼女と定期的に連絡をとるようになったという。その上で、今回の作品に至った経緯をこう明かす。

「もっと深くフジコさんを知りたくなったというか。特に南米にツアーに行くと聞いたときに、“その年齢になってすごいな”と。それと同時に、どのようにフジコさんがコンサートに挑まれて、南米の会場でどんな反応が起きているのかまったく想像できなかった。それと、1999年に、いわゆるフジコさんのブームが起きてからすでに20年近く経っている。20年前はそれこそ“苦節何年”といったフジコさんの人生の苦難ばかりが伝えられていた。でも、20年経った今のフジコさんはもうアーティストとして成熟していて、バックグラウンドと関係なく光輝いている。そこをきちんと撮って、きちんとした形で残したいなと思ったんです。あと、僕はロックミュージシャンのライブやミュージックビデオを撮ることが多く、クラシック音楽はいわば専門外。でも、フジコさんの僕の印象は、パンキッシュな人。その生き様や精神は、ふだん付き合いのある気骨あるロックミュージシャンと変わらない。ここは僕しか撮れないのではないかと。それで手弁当というかはじめは自主制作で撮影をスタートさせました」

(C)018「フジコ・ヘミングの時間」フィルムパートナーズ

音楽ドキュメンタリーの定番シーンに、必要以上に力点を置かない監督の視点

小松監督がフジコの中に感じ取ったものが、本作においては非常に重要。通常、こうしたミュージシャンやバンドを追ったドキュメンタリーというのは、これまでのキャリアの回想やライブ映像、楽屋などのオフショット、きちんとカメラを前にしてのインタビューなどに終始してしまいがちだ。

でも、本作はいい意味でそういったところに必要以上に力点を置かない。「人間、フジコ・ヘミング」「アーティスト、フジコ・ヘミング」を形成するものに注意深く目を向けていく。

例えば、彼女はパリ、下北沢、京都などに家を所有しているのだが、その家の外観から室内の全景、壁に掲げられているもの、家具やその家具の上に置かれたフォトスタンドの一つひとつなどを丹念にカメラに収めている。ほかにも、彼女が必ずどこへいってもホームレスに施しをしたり、かわいい犬がいると飼い主そっちのけで少女のようにじゃれあったりなど、一見すると音楽ドキュメンタリーには関係ない、通常ならまっさきにカットされてもおかしくないシーンやショットも並んでいる。

ただ、実はこれらの部屋の片隅に置かれたフォトスタンドの写真や、フジコの普段の行動や行為をつぶさに拾ってまとめたとき、彼女の実像が際立って浮かび上がる。おそらくクラシックに造詣が深い人物が撮っていたら、ここまで深く彼女に迫れていたかは怪しい。小松監督はこう語る。

「よくあるバンドやミュージシャンの密着ツアードキュメントにするつもりはなかった。とにかくフジコ・ヘミングという人物を構築しているものを、一つ一つ見つけていこうと。たとえばほとんど会ったことのないお父さんの写真や、激しく対立していたはずのお母さんの写真が飾られていたり、音楽とは関係ないところでの会話、もっと言えばその口調や声のトーンまで、フジコさんの演奏につながっている気がする。1930年代を匂わすノスタルジックな演奏は、時代に逆行しているかもしれませんが、今でもなぜこれだけ世界中の人々を魅了して、感動を与え、“魂のピアニスト”と呼ばれるのか? 今回の作品を通して、その本質に少しは迫れた気がしています」

(C)018「フジコ・ヘミングの時間」フィルムパートナーズ

14歳のときに描いた絵日記の存在

もう一つ、今回の作品でフジコ・ヘミングの実像を浮かび上がらせる重要なアイテムとして登場するのが、彼女が14歳のときに書いた絵日記。そこに書かれていることが、実はフジコ・ヘミングの存在そのものを解き明かす。監督もこの絵日記との出会いは大きかったという。

「初めて目にしたとき、思いました。“ここにありのままのフジコさんがいる”と。1946年と現在がつながったというか。少女時代から、フジコさんはなにも変わっていない。もちろん人生の辛苦はあったから、たくましくはなっている。でも、自分が愛するもの、物事を見る感性や自身の生き方は変わっていない。僕の中でフジコさんは時を超えて生きているというか。現実とは別の時空を超えたようなところで存在しているように映るんですけど、その理由を垣間見た気がします」

(C)018「フジコ・ヘミングの時間」フィルムパートナーズ

世界中で絶賛されるピアニスト、フジコ・ヘミング。彼女の奏でる音楽はどうしてここまで人々に響くのか? その音色にはなにが宿っているのか? 本作を観ることで、これらの謎に対する答えに出会えるかもしれない。

(文/水上賢治@アドバンスワークス)