聾学校で実際に起きた児童虐待事件を映画化し、韓国の法律をも変えた問題作『トガニ 幼き瞳の告発』(2011年)を監督したファン・ドンヒョク。その後も、マジカルコメディ『怪しい彼女』(2014年)を大ヒットさせるなど、社会派からコメディ作品まで、溢れる才能を見せ付けています。

6月22日(金)に日本公開される最新作『天命の城』は、1636年に起きた「丙子の乱」を描いたドンヒョク監督の初時代劇。中国の新興国である清が朝鮮に侵略を始めるなか、朝鮮の王と朝廷が南漢山城に篭城した孤立無援の47日間を描いた歴史大作です。今回は、来日したファン・ドンヒョク監督に、映画や現代社会についてお話を伺いました。

人間のもつ“哀しさと美しさ”を同時に描きたかった

―本作では、兵士の生活や戦闘シーンが生々しく描かれていたのにも関わらず、残虐にならず、とても美しく、物哀しい、情感たっぷりの作品に仕上がっていたことに驚きました。

原作を読み、歴史をリサーチしていくなかで、どうしても映像で表現したかった感情が2つあります。それは、哀しさと美しさ。本作が描いている「丙子の乱」は朝鮮半島の悲惨な記憶です。と同時に、なぜか美しさも感じたんですね。“悲哀の美”とも言うのでしょうか。哀しさと美しさを同時に兼ね備えた冬の風景を、東洋画のように映し出したかったんです。なので、登場人物の哀しみはクローズアップで表現し、物語の美しさはカメラを引いたロングショットで冬の風景を撮ることによって表現したつもりです。

ただ、あまりにも苦痛や哀しみを強調してしまうと、観客の心が離れていってしまう……。ですから、クローズアップの次は、ロングショットの美しさで癒す。この2つを交互に組み合わせて、観る側の心に余韻を残し、疲れないように工夫しました。

―時代劇にありがちな古臭さを感じなかったのは、そういったカメラワークもひとつの理由だと思いますが、坂本龍一さんの音楽も大きな要素だったのではないでしょうか? 韓国の伝統音楽とモダンなシンフォニーが絶妙なバランスでした。

映画の音楽監督として、そして作曲家としての坂本龍一さんの大ファンだったんです。『ラストエンペラー』(1987年)を始め、坂本さんの映画のサントラをよく聴いていて、私がアメリカの大学で映画を勉強していた頃から、いつか一緒に仕事がしたいなと願っていたんです。ちょうど本作を撮影する前に、『レヴェナント:蘇えりし者』(2015年)を観て音楽も素晴しいなと思ったら、やはり坂本さんで、久しぶりに映画音楽を手がけられたと聞きました。アメリカのエージェントを通して連絡をとったら、坂本さんも韓国の映画やドラマに非常に大きな関心を抱いていらっしゃるとのことで、私の夢が叶ったんです。

坂本さんとは2ヶ月ほど共同作業をしたのですが、やはり天才だなぁと心底思いましたね。しかも、ピュアな方なんですよ! 途中で意見の違いなども起きたのですが、最後には、子供のように共に喜びを分かち合えることができて、素晴しい経験をさせていただきました。坂本さんと組めたことは本当にラッキーでしたね。

坂本龍一に怒られた!?

―本作では、イ・ビョンホンさんとキム・ユンソクさんが演じる2人の大臣が、朝鮮の未来について徹底的に議論を交わしますよね。ひょっとして、ドンヒョク監督と坂本龍一さんも、同じように激しく議論を闘わせたのですか?

坂本さんはニューヨークに、私はソウルにいたので、私たちのやりとりは主にメール上でした。坂本さんが曲を送って下さって、私がそれを映像にはめてみてフィードバックをする流れ。

実は、坂本さんが送って下さった1曲目が私のイメージと違ったので、それを正直にお伝えしたんです。すると、すぐに作り直して送って下さったんですが、それでもまだ私が思い描いたものと違った気がしました。

かなり悩んだんですが、今度もちょっと違うような気がしますとお伝えしたんですね。すると、坂本さんから「私が2回曲を断られたのは、『ラストエンペラー』のベルナルド・ベルトルッチ監督以来ですね」というお返事が来て……(笑)。怒っているのかなとも思ったんですが、いいや、そうじゃなくて、ベルトルッチ監督と私が同レベルだと坂本さんは褒めてくれてるんだ、と自分に都合良く言い聞かせて、ずうずうしくもう一度曲をお願いしました(笑)。

頭脳明晰な変身の天才、イ・ビョンホン

――坂本さんはドンヒョク監督の才能を見抜いてらっしゃったんですね(笑)。ところで、イ・ビョンホンさんもキム・ユンソクさんも日本でも大人気の俳優ですが、お二人と一緒に仕事をした感想は?

この映画には最高の俳優さんに出てほしいと思っていて、脚本も2人を念頭において書きました。イ・ビョンホンさんは、まさにカメレオン俳優。あれだけの大スターなのに、スターのオーラを消してどんな役でもモノにしてしまう、変身の天才です。その上、頭脳も非常に明晰。“静”の感情をあれほど豊かに演じられる俳優は、彼をおいて他にはないと思いましたね。

キム・ユンソクさんは反対に、“動”の感情を体のなかから爆発させるような、炎の演技を見せてくれました。それなのに、少女ナルと接するシーンでは、人の良い普通のオジサンに瞬時に切り替わることができるんです。強さと弱さを同時に演じられる、今後が最も期待できる俳優のひとりだと思います。

「丙子の乱」は“今”と似ている

――朝鮮の同盟国である明、そして明を凌駕する新興国の清の間で、板ばさみになった17世紀の朝鮮を描いた本作ですが、明や清が、現代のアメリカや中国を指しているのではないかという声もあります。

当時の中国には、明という朝鮮の兄弟国と、清という新しい大国が台頭していました。明と清、どちらの外交を優先するか、その状況判断を誤ってしまうと戦争が起きてしまう……。

日本と中国、中国とアメリカ、という風に大国の間に常に挟まれてきた歴史が、韓国にはあります。アメリカとは朝鮮戦争以来、同盟国の関係を続けてきたわけですが、中国が台頭し、アメリカと中国が主導権争いを始めました。韓国にTHAADミサイルを配置したいアメリカと、それを阻止したい中国……。それにも増して、北朝鮮のミサイル問題もありますよね。

というわけで、この映画が公開されたときには、アメリカ、中国、北朝鮮の間で苦境に立たされている韓国が、「丙子の乱」が起きた時の朝鮮とそっくりだと多くの韓国人が思ったんです。

朝鮮半島の歴史を描いてはいますが、作中の2人の大臣が繰り広げる議論は、普遍的な信念と哲学の対立です。国境を越えて、この映画が皆さんの“今”を考えるきっかけになれば嬉しいです。

(取材・此花さくや)