― 今回、あなたは前任者の降板により本作を手掛けることになったわけですが、監督をしようと決めたのはなぜですか?

なにより脚本が素晴らしかったからだよ。カスダン親子が書いた脚本は、楽しさに満ちていて、理にかなったものだった。とくに僕がこのストーリーで一番気に入ったのは、ハンの初期の通過儀礼を描いたものだというところだ。つまり、彼を定義づけてゆくアドベンチャーなんだ。クリス(・ミラー)とフィル(・ロード)の仕事に強い敬意を感じながらも、僕は自分が関わる以上、これを自分のものにしようとも思った。それは非常にクリエイティブで大きなチャレンジだったよ。今作は映画の魅力でしっかり勝負できると、僕は思っている。

― あなたはジョージ・ルーカスの長年の知り合いで、『アメリカン・グラフィティ』(1973年)の撮影現場で『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1977年)の構想を聞いたそうですね。

そうなんだよ。あれからだいぶ長い年月が経ったけど、自分がその世界に関わるとは思ってもみなかったね。僕は自分のプロジェクトで忙しかったから。

確かに目が眩むほど大変なこと

―「新たなる希望」は、監督としてのあなたにインスピレーションを与えましたか?

いや、あの頃の僕は、ちょうどロジャー・コーマンの映画(『バニシングIN TURBO』1977年)を初監督しようとしているときだった。『スター・ウォーズ』はあまりにも圧倒的過ぎたよ。監督としてあれを理解して自分でやってみることなんて、想像をはるかに超えることだった。後に、ジョージと組んで『ウィロー』(1988年)を監督できたときは、まるで博士号をもらったような気分だったね。次の『バックマン家の人々』や『バックドラフト』が無事完成できたのも、そのおかげさ。『ウィロー』で、僕は映画に対して恐れる必要が何もないという自信を身につけたんだ。

―『スター・ウォーズ』シリーズの伝説にハン・ソロの映画を加えるタイミングが今でなければならない理由はなんでしょうか?

観客からの大きな期待だね。ハリソン・フォードというアイコン的なステータスを取り扱うことは、確かに目が眩むほど大変なことだ。でも、ハン・ソロがどのようにしてハン・ソロになったのかと考えることは、とてもエキサイティングだよ。若い頃の彼を描くわけだから、当然、別の役者を使わなければならない。オールデン(・エアエンライク)は素晴らしい仕事をして、彼がハン・ソロになっていく始まりを体現してみせているんだ。

インタビューの続きは『キネマ旬報』7月上旬号に掲載。今号では、『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』の特集を行った。『スター・ウォーズ』研究の第一人者で知られる河原一久氏の寄稿などスター・ウォーズファン必読の内容を掲載している。(敬称略)

ロン・ハワード
1954年生まれ、アメリカ、オクラホマ州出身。父は俳優で映画監督のランス・ハワード、母は女優のジーン・スピーグル・ハワード。子役としてキャリアをスタートさせ、『アメリカン・グラフィティ』(1973年)に出演。1977年、ロジャー・コーマン製作の『バニシング IN TURBO』で監督デビュー。『コクーン』(1985年)、『バックドラフト』(1991年)などを経て、『アポロ13』(1995年)、『グリンチ』(2000年)などが大ヒット。2001年の『ビューティフル・マインド』で、アカデミー賞で作品賞と監督賞のダブル受賞を果たした。ほかに『スプラッシュ』(1984年)、『ダ・ヴィンチ・コード』(2006年)、『フロスト×ニクソン』(2008年)など。

制作:キネマ旬報社