少女漫画やライトノベル、アニメなどを原作に、主に10代の恋愛模様を描いた、いわゆるキラキラ映画を中心に、青春映画は今年も定期的に作られ続けている。

一方、昨今のそれらの数の多さから、年配の映画ファンから「みんな同じに見えてしまう」「また漫画の映画化?」「何か観る気が起きない」といった声もよく聞かされる(もっとも、中には出来の良いものも多々あるだけに、それはちょっと勿体ない)。

そんな矢先、同じようにコミックを原作にしてはいるものの、それらの華やかで可愛らしい要素優先のものとは一線を画し、少女たちの友情と確執に胸が苦しくなるほど厳しくも慈愛深い眼を注いだ作品が登場した。

『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』

これこそ老若男女の映画ファンに、いや、日ごろ映画を観ない方にも大いにお勧めしたい、今年度屈指の青春映画の秀作である。

人前でしゃべれない少女とギター好きだが音痴の少女の友情

『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』は、従来のキラキラ系漫画原作ものとは大いに異なる魅力を携えた作品である。

何せ原作が、思春期の少年少女らの繊細な想いを独創的なタッチで描くことに長けた、押見修造の同名漫画だ。彼の世界を見聞きしたことのある向きなら、それだけで納得できるものがあることだろう。

志乃ちゃんは自分の名前が言えない コラム

(C)押見修造/太田出版 (C)2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会 

主人公は高校1年生の志乃(南沙良)。彼女は人前でしゃべろうとするたびに言葉に詰まり、自分の名前すら上手く言うことができない。笑い者になるのを恐れて独りっきりの高校生活を送る志乃だったが、ひょんなことから同級生の加代(蒔田彩珠)と友達になっていく。

ギター好きだが音痴に悩む加代は、たまたま聞いた志乃の歌声に魅せられ、一緒にバンドを組んで文化祭に出ようと誘ったのだ。お互いコンプレックスを抱えつつも、そこから脱却し、新たな一歩を踏み出すべく、夏休みに入って練習を始めるふたり。

その中で志乃は少しずつではあるが、着実に加代としゃべれるようになっていき、同時に友情を深め合っていくのだが……。

志乃ちゃんは自分の名前が言えない レビュー

(C)押見修造/太田出版 (C)2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会 

原作者の実体験を元に紡がれた世界観を、『百円の恋』(2014年)で数々の映画脚本賞を受賞した足立紳が巧みに脚色。

監督は数々の自主映画やミュージックビデオの演出を経て、押井守総監修のオムニバス映画『真・女立喰師列伝』(2007年)の一篇『草間のささやき 氷苺の玖実』で商業映画監督デビュー。そして本作で長編商業映画デビューを果たした湯浅弘章。

新人監督ならではの初々しさと瑞々しさに加え、地に足の着いたブレのない演出が好感度大。同時に撮影監督としてのキャリアとセンスをフルに活かしての、海沿いの町の光を巧みに採り入れた流麗かつ意欲的な映像美が、思春期そのものの美しくも繊細な揺れと躍動感を見事に描出している。

90年代が舞台ということでザ・ブルーハーツやミッシェル・ガン・エレファントなどの楽曲が多数登場する。そこからもたらされるノスタルジック性もさることながら、むしろいつの時代も変わらない青春の普遍的躍動感が醸し出されているあたりも面白い。

観る者の心を掻きむしるほど繊細なエモーションの発露

志乃ちゃんは自分の名前が言えない 南沙良

(C)押見修造/太田出版 (C)2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会 

本作は志乃が抱える吃音をモチーフにしてはいるものの、この言葉が劇中で使われることは一度もない。

それは上手くしゃべれない辛さや哀しさ、切なさなどを、あくまでも思春期の普遍的なものとして捉えようと努めているからであり、これによって観客に対する心の門戸も開かれ、より深く感情移入しながら鑑賞できる効果をもたらしている。

そして、南沙良と蒔田彩珠。二人の若手女優それぞれの存在感とコンビネーションがもたらす映画的相乗効果が素晴らしい。

志乃ちゃんは自分の名前が言えない 萩原利久

(C)押見修造/太田出版 (C)2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会 

また、そんなふたりの関係性に、空気を読めない(ことに実は悩んでもいる)ひとりの少年・菊地(萩原利久)が絡んでいくことで、ドラマは予想だにしない方向へ加速していく。

特にクライマックスからラストにかけての意外な展開は、観る者の心を掻きむしるほどのエモーションを発露させており、単に「感動」の一言では済まされない不可思議なカタルシスまでもたらされることだろう。

また、その不可思議さこそが思春期なのだと気付いた瞬間、伝えたいのに伝えきれない哀しみまでも、すべて涙とともに浄化されていくはずだ。

女の子同士の友情と確執を描いた映画はあまたあるものの、本作は玉石混合のキラキラ映画ブームを経て、また新たな青春映画の未来を示唆するかのように、繊細で残酷で深く複雑な思春期そのものを美しく映えわたらせた秀作である。

世代も性別も越えて、幅広い層にぜひ観ていただきたい。

この作品から日本の青春が、そして青春映画がまた変わっていくのではないか? 今はそんな気がしてならない。

(文・増當竜也)