毎年、8月が近づくにつれ、各メディアで振り返られるのが太平洋戦争についてだ。ドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』(7月21日より公開)もその1本。民間人を含む20万人余りが命をおとした沖縄戦で、これまであまり語られてこなかった「秘密戦」の実相に迫る作品だ。

 ヴェールに包まれてきた「秘密戦」とは?

戦後70年以上たった歴史を、今明らかにすることは難しい。置かれた立場によって証言も食い違い、なにをもって事実と断定するかは難しくなる。本作はそこに懸命に踏み込もうとする。

沖縄の「秘密戦」だが、作品内ではこう触れられている。

「1945年、米軍が上陸し、激戦地となった沖縄で、第32軍・牛島満司令官が降伏する6月23日までの3ヵ月が“表の戦争”とするなら、沖縄本島北部の山々ではゲリラ戦、スパイ戦など“裏の戦争”が続いた」と。

この作戦に動員されたのは、10代半ばの少年たち。彼らを中心にゲリラ部隊「護郷隊」を組織し、指導・教育し、「秘密戦」のスキルを叩きこんだのは、あの「陸軍中野学校」で特殊なスパイ教育を受けた、エリート青年将校たちだったという。作品は「秘密戦」の輪郭を、丹念な取材で浮かび上がらせていく。

(C)2018『沖縄スパイ戦史』製作委員会

当事者たちが語る新たな証言

では、その「秘密戦」で、どんなことが起きていたのか?

映画に登場する護郷隊の元少年兵だった人々や、命を失った隊員を家族にもつ親族の証言、発見された資料が物語る「秘密戦」は、これが真実であるとするなら、はっきりいって言葉を失うしかない。

護郷隊となった少年たちは、敵軍の食糧庫や弾薬庫への夜襲、「陸軍登戸研究所」が開発した特殊兵器を使った爆破作戦などの任務を仕込まれたこと。ある少年兵は戦車に特攻する「爆破隊」を命じられ、その情報が米軍に漏れ作戦中止となると今度は「斬り込み隊」として敵陣への突撃させられたこと。護郷隊は米軍の交通を遮断するため沖縄中北部の橋をほぼ爆破したが、結果的にそのことは、北部へ避難しようとする住民たちの逃げ場を奪ってしまったことなど、次々と衝撃的な話が飛び出す。

また、映画内で語られる軍部に関する証言も非常に驚きのものばかりだ。正確な証拠もないままスパイの嫌疑をかけられた者、ケガや病気になった者は足手まといになるという理由だけで、上官によって殺害された者も居たとの話が飛び出す。

また、米軍が上陸しなかった波照間島では空襲や戦闘による死者は1人もいなかったのに、島民の3分の1に当たる約500名が命を失った。島にやってきたひとりの工作員が軍命を理由に、島民を古くからマラリアの有病地帯と知られる西表島に強制移住させ、そこで次々と島民は死んでいったという。映画では、なぜ移住させたのかの理由にも迫っている。

また映画では、日本軍による住民殺害の真相にも迫る。住民が敵に捕まればスパイになると疑心暗鬼になった結果、日本兵が味方の住民に刃を向け、殺された住民は数百人ともいわれている。さらに「国士隊」という秘密組織の存在も浮上。この秘密組織は、日本軍が地元の有力者や学校の教師を集めて作ったいわば裏の軍隊で、住民同士を監視させ、密告させる役割があった。これによる痛ましい事件も起きている。

(C)2018『沖縄スパイ戦史』製作委員会

過去のことではない。現代にも問題は続いている

このように本作は、丹念な取材のもと沖縄戦の裏側に迫るべく、映像を紡いでいく。「秘密戦」で何が起き、それがどういう惨劇を招いたのか? そのショッキングな詳細については、劇場で確認してほしい。そこにあるのは、単なる過去ではなく、今を生きる我々にもつながる問題が含まれていることを教えてくれるはずだ。

(C)2018『沖縄スパイ戦史』製作委員会

二人の気鋭女性ジャーナリストによる、執念の取材

知られざる歴史の掘り起こしは、綿密な取材があってこそ。

本作で監督を務めた、『標的の村』(2013年)、『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』(2015年)などの沖縄を主題にしたドキュメンタリー映画を作り続ける三上智恵と、学生時代から八重山諸島の戦争被害を取材し続け、テレビ局時代には数々の米軍基地問題のドキュメンタリーを発表している大矢英代という二人の女性ジャーナリストの、ひたむきかつ綿密な取材力には恐れ入るしかない。

当時を知る人びとの証言を一つひとつ拾い、その言葉と残された資料と照らし合わせ、歴史を丹念に検証していく。それがこれだけの証言と資料を浮かびあがらせたことは間違いない。そういう意味で、改めてジャーナリズムの力を実感する1本でもある。

(C)2018『沖縄スパイ戦史』製作委員会

沖縄を取材し続ける二人の気鋭の女性ジャーナリストによる渾身のドキュメント。知っておきたい沖縄がここに記録されている。

(文/アドバンスワークス)