大ヒットした『つぐない』(2007年)に引き続き、イギリスのブッカー賞作家イアン・マキューアンによる小説「初夜」を、『レディ・バード』(2017年)のシアーシャ・ローナン主演で映画化した『追想』(8月10日より公開)。

1962年のイギリスを舞台に、若きバイオリニストのフローレンスと、歴史学者を目指すエドワードの「ほろ苦すぎる」初恋を描いた本作。未経験ゆえの「性の不一致」により、結婚後わずか6時間で破綻したカップルの、切なくも豊饒な人間ドラマに仕上がっている。

緊迫感たっぷりに描かれる、初めて結ばれる男女の「じれったい一部始終」

物語の舞台となるのは、1962年の保守的な空気が蔓延するイギリス。美貌と才能に恵まれたバイオリニストのフローレンスと、歴史学者を目指す純朴なエドワードが恋に落ち、それぞれが抱える家族の問題を乗り越え、人生を共に歩むことを決意する。

そして、結婚式を無事に終えた二人が新婚旅行先のチェジル・ビーチ近くのホテルを訪れて、初めて肉体的に結ばれるまでの「じれったい一部始終」が、緊迫感たっぷりにスクリーンに映し出されていく。

食事もそこそこに二人がベッドになだれ込むその過程で、まさに『追想』というタイトルに導かれるかのごとく、互いの家庭環境や生い立ち、出会ってから結婚に至るまでの経緯が、心に響く旋律とともに回想形式で綴られる。

特筆すべきは、そのシーンの映像の絵画的な美しさ。下世話になりそうなシーンだが、格式高い文学作品の映画化ということもあって、極めて上品に仕上げられているのだ。

(C) British Broadcasting Corporation/ Number 9 Films (Chesil) Limited 2017

わずか6時間で夫婦生活が破綻!?「成田離婚」も真っ青な衝撃の展開

 「婚前交渉」が一般的となっている現代においては想像しにくいかもしれないが、「性革命前夜」とされる1962年当時、カップルが結婚前に肉体関係を持つことは少なかった。そのため、いわゆる「初夜」に対して、男女ともに好奇心を上回るほど不安や恐怖を抱えており、そのことが本作からは手に取るように伝わってくる。

極度の緊張感からなかなか上手くいかず、ついには激しい口論へと発展していく二人。誰かにとっての悲劇は、側から見ると無様でユーモラスではあるのだが、当事者たちにとっては、その後の人生を大きく左右するほど切実だ。

思ってもいない言葉で互いを深く傷付けあった結果、なんとわずか6時間で夫婦生活は破綻。「成田離婚」も真っ青な展開を迎えてしまうのだ。

(C) British Broadcasting Corporation/ Number 9 Films (Chesil) Limited 2017

原作者みずから脚本を担当。原作ファンをも唸らせる出色の出来映え

 フローレンスを演じるのは、今年、アカデミー賞の監督賞に紅一点ノミネートされたグレタ・ガーウィグ監督の『レディ・バード』で主演を務めたシアーシャ・ローナン。

大ヒットした『つぐない』に続き、イアン・マキューアン原作の『追想』で再びヒロイン役に抜擢されたシアーシャ。美しく聡明だが、心の奥底に闇を抱える女性を、その圧倒的な演技力で繊細かつ時にコミカルに演じ、観客の視線をくぎ付けにしている。

監督を務めるのは、舞台演出家や脚本家として活躍するドミニク・クック。本作で長編デビューとなったが、フィルムによる長廻しを多用した美しいショットで、登場人物たちの心情の移り変わりを丁寧にすくい取る手腕は、ベテランと見紛う程の安定感を醸し出している。

また、原作者のイアン・マキューアンみずからが、映画化に際して脚本を手掛けていることにも注目したい。「脚本は書きたくないが、別の人間に脚色をされるのは耐えられない」と感じたイアンによって、小説とはまた一味違った解釈が加えられているのだ。原作ファンをも唸らせる出色の出来栄えと言って間違いないだろう。 

(C) British Broadcasting Corporation/ Number 9 Films (Chesil) Limited 2017

 映画の終盤、とっておきの切ないクライマックスが待ち受ける。人生を決定づける致命的な決断は、大人になってから振り返ると、胸をえぐられるほどほろ苦い。それらがいつかは“追想”したくなるほど美しい思い出に変わるのかは疑わしいが、せめて映画館の中くらい、ロマンチックな感傷に浸らせてはくれまいか。『追想』は、そんなひそやかな願いが込められた、大人のための1本だ。

(文/渡邊玲子@アドバンスワークス)