【町田雪のLA発★ハリウッド試写通信 ♯08】
「LA発★ハリウッド試写通信」では、ロサンゼルス在住のライターが、最新映画の見どころやハリウッド事情など、LAならではの様々な情報をお届けします。

2018年のアカデミー賞外国語映画賞に、スペイン代表として出品された少女映画『悲しみに、こんにちは』。1993年のスペイン・カタルーニャの夏を舞台に、ある病気で両親を亡くしたことにより、叔父夫婦に育てられる少女の心の機微を、鮮烈かつ丁寧に描いた作品だ。1983年の北イタリアの夏を舞台とした『君の名前で僕を呼んで』(2017年)にも似た叙情的な映像美と、少女の儚くも鋭い表情と行動にくぎ付けになる。

もう一人の主役

引っ越し用のダンボールに荷物が詰められる様子をじっと見つめる幼い顔。それだけがよりどころであるかのように、抱えて放さない赤ちゃんの人形。都会から田舎の叔父叔母宅に迎えられるも、簡単になじむまいとする反抗心。父に飛びつく従妹と対抗するように、叔父に甘えてみる女の子らしさ。感情表現が希薄で孤独を感じさせる佇まい……。同作の主役は、あくまでも、そんな少女フリダだ。

『悲しみに、こんにちは』
ユーロスペースほか全国にて公開中
(c) 2015,SUMMER 1993

ところが、フリダに胸を奪われる序盤から、気づくと、同作のもうひとりの主役である叔母マルガに感情移入してしまう人は多いだろう。

祖父母や親族一同は、親を亡くしたフリダを不憫に思って甘やかすが、叔父の妻であり、フリダとは血のつながりのない一番遠い存在であるマルガは、フリダを特別扱いしない。フリダはそんなマルガをわざと困らせたり、従妹を迷子にさせたり、祖父母に「自分が叔母に愛されてない」と言いつけたりと、静かな反抗を繰り返す。

少女がどうしてもできなかった“ある感情表現”

それでもマルガは、フリダを自分の娘と同じようにしつけ、自分でできることは自分でさせ、悪いことは叱る。自分が体調を崩しても、フリダが自分と夫への態度を変えても、憤ることなく毅然と振舞う。甘やかしても、腫れ物に触るようにしても、フリダの孤独は癒されないし、前には進めないのだから。

『悲しみに、こんにちは』
ユーロスペースほか全国にて公開中
(c) 2015,SUMMER 1993

そんなマルガの様子に心を溶かしたフリダは、ついにマルガを「お母さん」と呼び、今は亡き実母を「前のお母さん」と呼ぶ。そして、それまで、どうしてもできなかった“ある感情表現”をする。

それは、笑うことも、怒ることも、喜ぶことも、すねることもできたフリダが、母を亡くして以来、どうしてもできなかった、泣きじゃくるということ。母を亡くした悲しみにやっと向き合えたからか、自分の居場所を見つけられた安堵感からか、それまで味わうことのなかった家族のあたたかさに包まれたからか。

何が原因なのか自分でもわからぬままに泣きじゃくる幼い少女を、黙って包み込む叔母。そこにあるのは、血のつながっていない2人が、葛藤しながら積み上げた母娘の絆にほかならない。

『万引き家族』との共通点

血のつながりを超えた母性という点で、『万引き家族』で安藤サクラが演じた“義理の母”信代の姿が重なる。

『悲しみに、こんにちは』
ユーロスペースほか全国にて公開中
(c) 2015,SUMMER 1993

虐待(『万引き家族』)と死別(『悲しみに、こんにちは』)と、少女を引き取ることになった背景は異なるものの、新しい母に気を許しきれない少女たちと、無償の愛で彼女を癒し、守り抜こうとする女性たちの姿には、どこか似たものを感じる。

同作でメガホンをとった31歳のスペインの若手女性監督カルラ・シモンが、「スペインの子どもたちへの映画教育にあたり、是枝裕和監督の映画を観せている」というのも、うなずけるのだ。

今後ますます描かれるようになる「母と娘の関係性」

米映画界においても、このところ、母と娘の関係を描く作品が存在感を放っている。今年のアカデミー賞の顔ぶれでは、『スリー・ビルボード』が傷つけあい、悲劇に割かれる母娘、『レディ・バード』が素直になれず、ぶつかってばかりの母娘を描写。

『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』では、常識を逸脱していながら、強固な絆の母娘、『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』では、愛と打算が混在する歪んだ関係の母娘が描かれた。

母とは、母性とは何なのか? 『悲しみに、こんにちは』では、少女と叔父、従妹、祖母と、さまざまな関係が描かれるが、ひときわ光る母娘のストーリーに注目してほしい。

米レムリズ・プレイハウス7劇場のポスター
撮影:町田雪

『悲しみに、こんにちは』は、ユーロスペースほか全国にて公開中。

(Avanti Press)