「こんなアニメーション、観たことがない」と驚いた。真っ白な台紙の上で踊るように動く水墨画のような描線。風景も肉体も必要最低限にそぎ落とし、物体の本質だけを捉えて描出。はっきりとした輪郭を持たない色。色はまるで影のように置き去りにされたり、消えたりする。故・高畑勲監督の遺作『かぐや姫の物語』の技法を想起させられるが、よりアーティスティック。それはフランス人アニメ作家セバスチャン・ローデンバック監督が、たった一人で作り上げた『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』(8月18日より順次公開)だ。

ジブリ高畑勲監督を熱烈リスペクト

大人のためのグリム童話 手をなくした少女 セバスチャン・ローデンバック監督

セバスチャン・ローデンバック監督

グリム童話集の中でも、暴力的かつエロティックなエピソードとして知られる「手なしむすめ」が原作。悪魔に騙された父親に両手を切断された若き娘の旅路を、独自の解釈を交えて描き出した内容で、アヌシー国際アニメーション映画祭では審査員賞&最優秀フランス作品賞をW受賞、東京アニメアワードフェスティバルでもグランプリを獲得した注目作だ。

ローデンバック監督がリスペクトしているアニメーション作家は、スタジオジブリの故・高畑勲監督。技本的に似ている『かぐや姫の物語』は『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』完成後に観たというが、ローデンバック監督はアニメ界の巨匠とのインスピレーションの共鳴を喜んでいる。

「ジブリでいうと私は、高畑監督派です。彼の作品を敬愛しているのは、現代の長編アニメーション作家において、1本1本を完全に違うスタイルとアプローチで作ってきたから。そんなアニメーション作家は他に例をみません。物語や作り方、トーン、テクニック、すべての作品ですべてが違う。もちろん宮崎駿監督の作品にも好きなものはありますが、でもやはり私は高畑監督。なぜならば高畑監督は、より野心的にリスクを負いながら作品を作ってきた印象があるからです」とリスペクトしきりだ。

発表の予定もないのにひたすら描くという狂気

『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』は、斬新なアニメーション表現もさることながら、その制作過程も変わっている。これまで短編アニメーション映画を手掛けていたローデンバック監督による初長編作品だが、当初は発表する目途も立っておらず、イマジネーションの赴くままに筆をとっていたという。

「絵を描き始めた当初は、プロデューサーもいないし、映画として完成することさえ決まっていなかった。脚本もストーリーボードもない状態で、ひたすらフランスのエレクトリックデュオSEXY SUSHI(セクシー・スシ)の楽曲『働くのを拒否する』を大音量で聴きながら、一人黙々と絵を描き続けていた。その時の私は間違いなく気が狂っていたといえる」と振り返る。

筆を使って水墨画のようなタッチにしたのは、登場人物の動きをダイナミックに見せるための狙いもあるが「最初に決めたのは未完成のデッサンを使うこと、人物の描線・輪郭から色を分離させること。それは一人ですべてを作るための経済的・時間的問題の解決策でもあったけれど、結果的に少女が手を失ったことを表現上での“欠損”として表すことができ、物語とテクニックの融合が図れました」と予想外の効果に手応え。

人物が動くとその色が置き去りにされる表現は、何らかの影やヒトの魂の浮遊に見えて斬新だが、実はこれも偶然の産物。「色の効果はアニメーションとして動かしてみて初めて知った現象。作った自分としても驚き、『これはもしかしたら少女の魂なのかもしれない』などと考えさせられたりもした。最初からアーティスティックな作品を狙っていたわけではなく、完成して初めて生まれたもの。すべてを一人で作ったからこそ、チーム作業では得られない効果をたくさん発見することができました」とアニメの神様降臨に驚いている。

高畑勲監督以上に面白いアニメーションを

監督・作画・アニメーション・撮影・編集を自らこなし、3年もの時間がかかったが、プロデューサーや声優も見つかり、作品として無事完成。各国の映画祭では好評を持って迎え入れられた。それによって次回作の企画も決定している。

「それは妻と一緒に10年前に書いた脚本をベースにしたアニメーションで、今回とは違いチームとして作ります。『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』は自分にとって新しい発見ばかりで、初恋をしたときのような衝撃があり、“それ以前・それ以降”の自分があるほど」とアニメーション作家としての成長を実感。

今後は高畑監督をライバルとして「今作で学んだことを活かしつつ、同じ自由さで作っていきたい。その際にはスタッフ全員にSEXY SUSHIの曲を聴かせるつもり。もはや義務。そして高畑監督以上に面白いアニメーションを作っていきたいです」と一筋縄ではいかなそうな作品作りに意気込んでいる。

(取材・文/石井隼人)