文=圷 滋夫(あくつ しげお)/Avanti Press

モヒカン頭にパンクな装いで世界中の人々を笑わせる、日本が誇るパントマイム・デュオ「が〜まるちょば」。その名前の意味がジョージア(グルジア)語の“こんにちは”だってことは知っていますか? そんなジョージアの挨拶が何度も聞こえてくる映画『希望の樹』を含む、ジョージアが生んだ伝説の巨匠テンギズ・アブラゼ監督の幻の三部作が、この夏日本で奇跡的に公開されます。

世界でも画期的な「祈り」三部作の一挙公開

ジョージアは、黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方の南部にある国で、1991年にソビエト連邦から独立しています。映画は古くから作られていて、100年以上の歴史があります。

たとえば日本でも人気のオタール・イオセリアーニやセルゲイ・パラジャーノフ(ジョージア生まれのアルメニア人)の諸作に、ギオルギ・シェンゲラヤ『放浪の画家 ピロスマニ』(1969年)。近作でもザザ・ウルシャゼ『みかんの丘』(2013年)、ナナ・エクフティミシュヴィリ『花咲くころ』(2013年)、ギオルギ・オヴァシヴィリ『とうもろこしの島』(2015年)、ゲラ・バブルアニ『13/ザメッティ』(2005年)など、さまざまなタイプの傑作が多数作られています。

『祈り』
(c) “Georgia Film” Studio, 1968 (c) RUSCICO, 2000

そんな中でアブラゼ監督は50年代よりジョージアの映画界を牽引し、1967年『祈り』、1976年『希望の樹』、そして1984年に『懺悔』を三部作として完成させました。しかし『祈り』が公開されたのは制作後7年経ってからで、『懺悔』も当時のソ連の社会情勢から破棄されかけましたが、政治改革後の1986年にやっと公開されてペレストロイカの象徴となったのです。

そして『祈り』は日本初公開で、三部作の一挙上映は世界でも画期的な企画なのです。ただ三部作と言っても一本一本が独立した作品で、制作された時代背景も映画のスタイルも各々違います。

モノクロ映像が神話的な空気感を醸し出す『祈り』

『祈り』はジョージアを代表する偉大な詩人ヴァジャ・プシャヴェラの二篇の叙事詩をもとにした2つの異教の民族が対峙する物語で、他にも全編にわたって彼の詩が引用されています。しかもセリフはほとんどなくて内面の思いがナレーションとして語られ、独特の神話的な空気感を醸し出しています。

そして白と黒(光と闇であり、善と悪でもある)のコントラストの強いモノクロ映像と相まって、映像詩として高い芸術性を感じさせます。例えば頭まで覆われた全身黒装束で、顔と小さな炎を持った手だけが白く映し出される女性の姿は、レンブラントの絵画のようです。雪原を歩いて行く家族5人の姿が黒くかたどられ、まるでイタリアの写真家マリオ・ジャコメッリの作品を思わせます。また冒頭で黒い影の中から現れる男の姿は、『第三の男』のオーソン・ウェルズのようです。

『祈り』
(c) “Georgia Film” Studio, 1968 (c) RUSCICO, 2000

ジョージア(グルジア)の美しい風景を映し出す『希望の樹』

『希望の樹』では鮮やかなカラー映像となり、四季折々の美しい色彩の風景の中に、若い男女の悲恋を詩情豊かに映し出します。

20世紀初頭、ロシア革命前の激動の時代、田舎の貧しい農村でのんびり暮らす個性的な村人たち。因習に囚われた長老、ジョージアの過去の栄光に固執する老学者、革命を説いて回るアナーキスト、金の魚や希望の樹を探し求める夢想家、豊満な肉体で色気をふりまく女、美しかった過去の自分のままに生きる厚化粧の老女、少し頭の弱い少年とそれを治そうと奔走する母親、そして色と欲にまみれた俗物神父。

一癖も二癖もある人々ですが、日本でも70年代前半には日常の中でこんな人たちを見かけなかったでしょうか? ジョージアを代表する見事な俳優たちのアンサンブルが素晴らしいです。

『希望の樹』
(c) “Georgia Film” Studio, 1977 (c) RUSCICO, 2000

スターリン時代の粛正も想起させる『懺悔』の風刺性

『懺悔』はジョージアの架空の街を舞台に、市長の死をきっかけに明らかになるその独裁的な為政と、彼に翻弄されたある家族の物語です。幼い頃に楽しく遊んだ2人の人生がすぐに正反対の方向に進み、やがて再び交差するという運命の皮肉がドラマチックです。

背景にはスターリン時代の粛清が見え隠れする政治色の強い作品ですが、シュールで幻想的なシーンとスラップスティックな笑いのシーンが渾然一体となり、より一層風刺の効いた圧倒的なパワーを感じさせます。

『懺悔』
(c) Georgia Film ,1984 (c) RUSCICO, 2003

「人の美しき本性が滅びることはない」という信念

このように一見タイプの違う3本ですが、描いている内容はその奥でつながっています。

まず『祈り』の冒頭、プシャヴェラによる「人の美しき本性が滅びることはない」という言葉は三作に共通するテーマで、人間が持つ善性への願いが込められています。根底には人間への揺るぎない信頼と、自由と愛と寛容を希求する深い祈りがあるのです。

逆に『祈り』では宗教の対立、『希望の樹』では古い因習、『懺悔』では独裁政治という、現在もどこかの国(もちろん日本でも)で多少の差はあれ市井の人々を苦しめ、戦争の原因にもなっている社会的な悪を告発し、不条理な暴力を否定しているのです。つまりこの三部作が描いている世界は、すべて今の私たちの生活と地続きなのです。

またアブラゼ監督は、「映画が民族的であればあるほど、テーマはより普遍的なものになる」と考えていて、ジョージアの辺境地が舞台のこの三部作でも、民族的な要素を色濃く感じることが出来ます。

『風の谷のナウシカ』の源流となった民族衣装も

コーカサス地方には「血の掟」という「自分や家族が傷付けられたら相手やその家族に復讐する」という因習があり、そのために家族単位での防御を考えた石積みの塔が建てられました。『祈り』ではヘヴスレティ地方の太くて低めの塔や、ジョージアとチェチェンに接するイングーシ共和国の高く屹立する細長い塔が映し出されます。

衣装も『風の谷のナウシカ』のイメージ・ソースの一つとされる、チョハという胸に弾帯の付いたロングコートとパパヒというモフモフの毛皮の帽子や、胸から肩甲骨にかけて美しい刺繍が施された服を、『希望の樹』では山あいに建てられた石造りの素朴な教会や、美しい結婚衣装を見ることができます。

『祈り』
(c) “Georgia Film” Studio, 1968 (c) RUSCICO, 2000

また音楽はジョージアの民謡や世界でも有名な男声ポリフォニー(多声合唱)が、三作の中の結婚式や葬儀など多くの場面から聞こえて来ます。中でも『懺悔』で独裁者が突然現れ、二人の従者とともに披露する三声のポリフォニーは、そのユーモア溢れる歌い方がむしろ底知れぬ恐怖を呼び起こします。ジョージア音楽を象徴する伝統的なポリフォニーを使って、芸術を愛しユーモアを解す独裁者、というアンビバレンツなキャラクター設定をするアブラゼ監督のセンスが見事です。

『懺悔』
(c) Georgia Film ,1984 (c) RUSCICO, 2003