「歴史は勝者によって記される」という有名なウィンストン・チャーチルの言葉で始まる映画『英国総督 最後の家』。第二次世界大戦が終わるまでインドがイギリスの植民地であり、独立の際にインドとパキスタンに分離したことはご存知の方も多いことだと思います。インド独立はインド人にとって長年の悲願でした。とはいえ、この輝かしい独立において、暴動や虐殺が繰り広げられたことを知っている人は少ないかもしれません。

公開中の『英国総督 最後の家』は、イギリス総督の官邸で働くイスラム教徒の女性とヒンドゥー教徒の男性のラブストーリーを軸に、1947年に起きたインド・パキスタン分離独立を新しい解釈で描いた歴史大作。本作の監督であるグリンダ・チャーダとスカイプインタビューを行った内容とともに、本作の見所を紹介します。

インドからパキスタンが分離した理由

英国総督 最後の家 あらすじ

(C)PATHE PRODUCTIONS LIMITED, RELIANCE BIG ENTERTAINMENT(US) INC., BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND BEND IT FILMS LIMITED, 2016

本作で描かれたインド・パキスタン分離独立の物語は、1947年、200年近くにわたるインド植民地支配を終わらせるため、最後のインド総督となるマウントバッテン卿(ヒュー・ボネヴィル)をイギリスが派遣したことから始まります。彼に課された責務は統治権を委譲すること。ところが、当時のインドは、ガンディーの後継者ネルーの国民会議派と、ジンナーのムスリム連盟という2つの党派で、真っ二つに分かれていたのです。ヒンドゥー教徒とシク教徒を代表するネルーはインド統一を、イスラム教徒を代表するジンナーはパキスタン建国を望み、両者とも譲歩せず、議論は混迷を深めます。

結局、パキスタン建国を許可することにしたマウントバッテン卿は、イギリス政府の賛同を取り付け、国境を決定する専門家がイギリス政府から派遣されることになりました。とはいえ、地域によっては異なる宗教の住民が同じくらいの割合で隣合って住んでいるインド。国境線を引く作業が困難をきわめるなか、イギリス政府のある秘密が明らかに……。

“勝者が記した”歴史とは?

英国総督 最後の家 歴史 ネタバレ

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マウントバッテン卿にも隠されていたある秘密……。それはぜひ映画で観てほしいのですが、イギリスで育ったチャーダ監督は、インド・パンジャーブ州出身でシク教徒だった祖父母からインド・パキスタン分離独立についてこのように聞かされていました。

「イギリスがインドから撤退しようと決めたとき、インドでは宗教対立による暴動があちこちで勃発していました。だからイギリスは、やむをえずパキスタンの建国を認めてインドに国境を引かなくてはいけなかった……。ただ、祖父母を含む当時を知るインド人たちは、イギリスは何かを隠していると思っていました。でも、それが何なのか分からなかった。この映画を制作する際に私が初めて知ったこともあったのです」(グリンダ・チャーダ監督)

今日多くの人に浸透している歴史観は、インド人同士の宗教対立が主な原因でインド・パキスタンが分離独立したというもの。しかし、真実は別のところにあるのかもしれないとチャーダ監督は力説します。

暴動、虐殺、史上最大の大移動

英国総督 最後の家 インド・パキスタン分離独立

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主権譲渡が完了し国境線が発表されると、インド側に住んでいたイスラム教徒はパキスタンへ、パキスタン側に住んでいたヒンドゥー教徒、シク教徒などの非イスラム教徒はインド側へと引越しをする史上最大の大移動が発生しました。なんと、その数は1,400万人! その上、移動する住民を襲う略奪や暴行が頻発し、各教徒合わせて100万人もの人々が命を落としたのだとか!(※映画公式プログラムより)

劇中に見る、子供を抱いてひたすら歩き続ける男性、難民キャンプの瓦礫の山で頭を抱える少年……。歴史の教科書には決して“見えない人々”を生々しく浮き彫りにする本作。イギリスに住む若いパキスタン人の男性は、「やっと私たちの歴史を理解できました。パキスタン建国にこれほどの苦しみが隠されていたとは……知って本当によかったです」とチャーダ監督に涙ながらに語ったそうです。

異教徒間の結婚は?

英国総督 最後の家 異教徒恋愛

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ですが、本作は堅苦しい歴史物語ではなく、インド・パキスタン分離独立を背景に、先の読めぬラブストーリーが展開します。マウントバッテン卿の総督邸には、多種多様な民族や宗教からなるインド人たちが勤務していましたが、密かに想いを寄せ合うイスラム教徒の女性アーリア(フマー・クレイシー)とヒンドゥー教徒の男性ジート(マニーシュ・ダヤール)がいました。宗教の違いを愛で乗り越えられると信じているジートとは反対に、父親思いのアーリアは、ジートと別れて父親と一緒にパキスタン側へ移住しようとします。ところが、恐るべき事件が起こります……。

アーリアとジートの運命はここには書きませんが、分離前のインドでは異教徒間の結婚は可能だったのでしょうか? 映画では、宗教や政治的意見が異なってもアーリアやジートを含む同僚たちは同じパーティーに行って楽しむ場面もあります。分離する前、異なる宗教や民族のインド人たちはどのように共存していたのでしょうか。

「私の祖母はシク教徒でしたが、仲のよい女の子はイスラム教徒だったそうです。そしてお互いのパーティーや宗教的なお祭りにも行っていました。分離が起こるまでは、異教徒たちはお互いに、尊敬の念をもって親交していたのです」(グリンダ・チャーダ監督)

なかには、異教徒と結婚したカップルも少数ながらいたそうです。

英国総督 最後の家 インタビュー

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著名人の政治論争だけに焦点が当てられがちなインド・パキスタン分離独立。本作では、学校で習う歴史からは“聞こえない”民衆の声が、はっきりと聞こえます。そして、この映画は、決して過去の物語ではないとグリンダ・チャーダ監督は言います。

「この映画を編集しているときに、ちょうどイギリスがEUから離脱し、ヨーロッパが壊れていく……絶望的な気持ちになりました。そして、2017年に映画が公開されたときには、トランプ大統領がイスラム教徒の入国を禁止しました(2017年1月27日に中東やアフリカの7カ国から入国を一時禁止にした大統領令)。この映画を通して伝えたいことは、私たちが知る歴史は真実じゃないかもしれないということ。当たり前だとされている歴史の“奥まで”見ようとする姿勢が大切なのです」(グリンダ・チャーダ監督)

(取材・文:此花さくや)