文=圷 滋夫(あくつ しげお)/Avanti Press

1917年にロシア革命が起こるまで約200年続いたロシア帝国の最後の皇帝にして、約300年続いたロマノフ王朝の14代王であったニコライ2世。そして世界三大バレエ団の1つとしてその名を馳せるマリインスキー・バレエ団の、美しき伝説のプリマと謳われたマチルダ・クシェシンスカヤ。

昨年10月にロシアで公開されるや大きな話題を呼んだ映画『マチルダ 禁断の恋』は、婚約者がいる皇太子と絶大な人気を誇るバレリーナの、決して許されることのない愛を描いている。

『マチルダ 禁断の恋』
12月8日から東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国で公開
(c)2017 ROCK FILMS LLC.

主演俳優が「危なすぎる」とプレミア上映参加を拒否

ニコライ2世は厳格なロシア正教徒で、ロシア正教会から「聖人」として神格化され、一般的にも誠実な人柄で良き夫と良き父親の家庭人、というイメージで通っている。ロシア正教会はそんな聖人のスキャンダルを描いた本作を許せるはずもなく、公開前から上映禁止を求めて抗議活動を行っていた。

やがてそれは一般にも広がってデモや集会が行われ、保守的な民族主義団体や上映劇場の放火を警告するキリスト教過激派組織までもが登場。実際にウチーチェリ監督のスタジオに火が放たれる事件まで発生したのだ。そのため主演俳優らが、安全上の理由でプレミア上映会を欠席するという事態にまで発展した。

『マチルダ 禁断の恋』
12月8日から東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国で公開
(c)2017 ROCK FILMS LLC.

「美しすぎる検事総長」も上映に大反対

さらには日本でも「クリミアの美しすぎる検事総長」として知られるナタリア・ポクロンスカヤ議員が熱心に上映禁止運動を始めたのに対し、プーチン大統領が「ウチーチェリ監督を尊敬している」という声明を発表したことで、政治的な問題にまで発展したのだ。

結果的にはセンセーションを巻き起こし、賛否両論が飛び交う社会現象となり、2017年当時のロシアで最大規模の劇場数で公開され、210万人を動員する大ヒットを記録したのだ。

冒頭から発揮されるヒロインの「小悪魔性」

本作は1896年のニコライ2世の戴冠式から始まる。そこであの映画『卒業』(1967年)のように、マチルダはニコライ2世の名前を絶叫する。

そして時間は遡り、続くバレエ公演の場面では、ライバルの策略によって衣装の紐がほどけて胸がはだけてしまうが、それでもマチルダは動じることなく、むしろ蠱惑的な微笑みを浮かべながら踊り続ける。

こうしてマチルダの芯の強さと小悪魔的な美しさが冒頭から強烈に印象づけられ、主人公とともに観客も一気にヒロインに惹き付けられる。そうなればあとは二人の愛の行方に身を任せ、うっとりと眺めていればいい。

『マチルダ 禁断の恋』
12月8日から東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国で公開
(c)2017 ROCK FILMS LLC.

壮絶な五角関係、ドロドロの人間ドラマ

物語は2人を中心に、ニコライ2世の婚約者アレクサンドラと、彼の従兄弟でマチルダを愛するアンドレイ大公、マチルダの狂信的なファンであるストーカー男ヴォロンツォフも加えた壮絶な五角関係を成す。

さらに、マチルダの排除を目的に暗躍するヴラソフ大佐と、その指示を受けたマッド・サイエンティスト的なフィシェル博士も加わり、国家を揺るがす世紀の悲恋がケレン味たっぷりに描かれる。

そこにはバレエ団の過酷なプリマ争いや、滅びゆく帝政ロシアの歴史の流れ、そしてどこの国にもいつの時代にも存在する「舅(しゅうと)の嫁いびり」も盛り込まれ、ドロドロの濃い人間ドラマが展開する。

『マチルダ 禁断の恋』
12月8日から東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国で公開
(c)2017 ROCK FILMS LLC.

スクリーンを彩る名所の数々、きらびやかな衣装

映画的な見所も満載だ。まずは豪華なロケ地に目を見張る。エルミタージュ美術館、エカテリーナ宮殿、ペテルゴフ宮殿、そしてマリインスキー劇場やボリショイ劇場など、誰もが訪れるであろう名所を贅沢に隅々まで使って撮影を敢行。きらびやかでゴージャスな衣装は17トンの生地を使用し、当時のデザインを完璧に再現した衣装と小物7,000点以上が作られた。

それを流麗なスロー・モーション、印象的な光と影、様々な形で現れる火と水のイメージを効果的にコントロールしながら撮り上げている。完成したそのめくるめく映像によって、絢爛豪華な美を圧倒的なスケールで堪能することができる。

バレエファンも驚く、まさかの展開も

また、何度も登場するバレエ・シーンの振り付けは、マリインスキーやニューヨーク・シティ・バレエ団での振り付け経験もあり、コンテンポラリー・バレエも手掛けるペルミ国立オペラ・バレエ団の芸術監督アレクセイ・ミロシニチェンコ。

あの32回転フェッテを黒鳥と白鳥が並んで踊るという、まさかの展開には息を飲む。音楽監督は日本にも多くのファンがいる世界屈指の指揮者で、マリインスキー劇場の芸術監督/総裁でもあるヴァレリー・ゲルギエフが担当。その重厚なオーケストレーションは、作品の本物感を裏打ちする。

『マチルダ 禁断の恋』
12月8日から東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国で公開
(c)2017 ROCK FILMS LLC.

メロドラマ×スチームパンクの異色のマリアージュ

基本はメロドラマで、気球の上のキスやとろけるようにロマンチックなラブシーンを楽しめるが、同時にアクション映画さながらの派手な列車の脱線事故や、燃え盛る炎と爆破の中での抱擁なども描かれる。

そして多少生真面目なイメージのある歴史劇の中にあって、催眠術や降霊術を操る怪しげなフィシェル博士の存在そのものが、極上のスパイスになっている。彼が発明した採血器や自白マシーン、バイクとそのゴーグル、そして映像を映し出すプロジェクターなどのスチームパンク的なデザインは、クラシカルで荘厳なロシア美術の中で一際異彩を放っている。ちなみにニコライ2世が1895年に誕生した映画の、ロシアでの初上映会を開催する場面も登場する。

スキャンダラスな話題性に止まらない娯楽大作

本作はスキャンダラスな話題が先行しているが、作品自体も次々に起こる事件を破綻なく上手くまとめ上げ、様々なフックで惹きつける脚本と、それを細部にまで拘った演出で、見事に完成させた歴史娯楽大作だ。

映画ファンはもちろん、歴史モノやバレエ・ファン以外の多くの方々にも、本作の面白さを是非劇場で体験してほしい。