文=平辻哲也/Avanti Press

「第40回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」(9月8日~22日、月曜休館、会場=国立映画アーカイブ)は、自主映画のコンペティションを中心とした映画祭で、新人監督の登竜門として知られる。

『家族ゲーム』(1983年)の故・森田芳光、カンヌ国際映画祭の常連・黒沢清、ハリウッドで新作を準備中の園子温、『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)の犬童一心、『八日目の蟬』(2011年)の成島出、『恋人たち』(2015年)の橋口亮輔、ヴェネチア国際映画祭コンペ部門に初の時代劇『斬、』(2018年11月24日公開)を出品した塚本晋也、2017年のキネマ旬報ベスト・テン1位『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の石井裕也ら120人以上のプロの映画監督を輩出してきた。PFFが映画界に与えたインパクトとは何か?

日本映画の中核をになう才能を、次々に発掘

PFFは1977年、情報誌「ぴあ」が東映大泉撮影所で開催した「第1回ぴあ展」の一企画「’77自主製作映画展」から始まった。応募77本から12本が入選。翌78年からは「自主製作映画展」として独立。以来40年間、「新しい才能の発見と育成」「映画の新しい環境作り」をテーマにしてきた。第40回までの応募総数2万2,383作品、入選667作品。入選した監督のうち、約2割弱の監督がプロの道へ進んでいる。

森田芳光監督『ライブイン茅ヶ崎』(1978年)

1978年の入選作は伝説的だ。日活でセルフリメイクした『高校大パニック』で既に頭角を現していた石井聰亙(現・石井岳龍)は90分全開のバイオレンス・アクション『突撃!博多愚連隊』、日芸の学生だった長崎俊一は内藤剛志主演の『ユキがロックを棄てた夏』、森田芳光は『ライブイン茅ヶ崎』を発表したのだ。

助監督経験なしでデビューできる「日本映画史の革命」

1978年はどんな時代だったのか? 映画の配給収入ランキングは1位『スター・ウォーズ』(43.8億円)、2位『未知との遭遇』(32.9億円)、3位『007 私を愛したスパイ』(31.5億円)、4位『野性の証明』(21.5億円)、5位『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(21億円)。ハリウッドでは30代前半のジョージ・ルーカスとスティーブン・スピルバーグが「特撮映画」で才能を開花させ、日本では新興の角川映画が台頭した時期だ。

洋画やテレビに押され、斜陽化の道を辿っていた日本の映画会社は監督以下のスタッフと専属契約し、助監督が下積みを経て、監督に抜擢される「撮影所システム」体制が崩壊。「映画で生計を立てたい」という監督志望の若者たちの進路は固く閉ざされていた。それでも、若者たちは必死にアルバイトしたお金で、自分が作りたい映画を作った。発表の場はもっぱら大学の映画研究会の自主上映会。

だが、映画会社のお偉いさんの目に止まることはほとんどない。そんな中、突然、映画界への扉を開いてくれたPFFに注目が集まったのは必然だった。しかも、作品に力さえあれば、学歴も性別も国籍も関係ない。誰でも監督へのチャンスが開けるのだから、これは映画史における「革命」といってもいい。80年代初めには、飯田譲治(1981年『休憩』)、緒方明(1981年『東京白菜関K者』)、黒沢清(1981年『しがらみ学園』)、松岡錠司(1981年『三月』/1984年『田舎の法則』)らが入選を果たす。

黒沢清監督『しがらみ学園』1981年)

映画祭による作品プロデュース「PFFスカラシップ」

1984年からは映画祭が長編映画をトータルプロデュースする「PFFスカラシップ」もスタートし、多くのプロの映画監督を生んだ。第1回作品は、風間志織の『イみてーしょん、インテリあ』(1985年)。その後も、1989年『自転車吐息』(園子温)、1991年『二十才の微熱』(橋口亮輔)、1992年『裸足のピクニック』(矢口史靖)、1993年『この窓は君のもの』(古厩智之)、1999年『タイムレス メロディ』(奥原浩志)、2003年『バーバー吉野』(荻上直子)、2004年『運命じゃない人』(内田けんじ)などが劇場公開された。

荻上直子監督『星ノくん・夢ノくん』(2001年のPFFアワード入選作)

スカラシップ作品史上、最大のヒット作のひとつが、OLが倒産寸前の実家のしじみ工場の再建に奮闘する2009年のコメディ『川の底からこんにちは』(石井裕也)だ。国内外で高く評価され、主演の満島ひかりがモントリオール・ファンタジア映画祭で最優秀女優賞、石井は第53回ブルーリボン賞監督賞を史上最年少で受賞した。

受賞がそのまま劇場公開に結び付いた熊切監督と李監督

PFF受賞作がそのまま劇場公開された例も少なくない。1997年準グランプリ『鬼畜大宴会』(熊切和嘉)は大阪芸術大学の卒業制作。70年代の凄惨な学生紛争を、スプラッター映画として描くという斬新な発想と演出力で、観客を驚かせた。

熊切和嘉監督『鬼畜大宴会』(1997年)

李相日が在日韓国人三世の日常を描いた日本映画学校の卒業制作『青〜chong』(2000年)はグランプリ、企画賞、エンターテイメント賞、音楽賞の史上初の4冠を達成。その前評判をそのままに翌2001年4月劇場公開された。その後、熊切は『空の穴』(2001年)を、李は『BORDER LINE』(2002年)をスカラシップ作品として監督し、さらなるステップアップを果たす。

李相日監督『青〜chong』(2000年)

長谷川和彦、市川準など新人たちを導いた審査員たち

審査員を務めた先輩監督との出会いがキャリアに大きな影響を与えた例もある。1986年、入選作『みどり女』の成島出は審査員を務めた長谷川和彦と大島渚から激賞され、監督への道を決意した。約5年間、長谷川の下で書生のような生活を送り、新作映画のシナリオ作りに励んだ。その後、助監督、脚本家を経て、2003年に『油断大敵』で監督デビューした。

成島出監督『みどり女』(1986年)

『寮内厳粛』で1994年グランプリを受賞し、今年の最終審査員を務める佐藤信介も当時の審査員の市川準から認められ、長塚京三、倍賞美津子主演の『東京夜曲』(1997年)の脚本家に大抜擢された。2001年に『LOVE SONG』で監督デビューし、その後は『修羅雪姫』(2001年)、『GANTZ』(2011年)、『アイアムアヒーロー』(2016年)、『BLEACH』(2018年)などアクションの第一人者となった。

「市川準さんは素晴らしい人でした。市川さんは自身も不遇の時代が長かった。そんな時に拾い上げてくれた人がいたおかげで、今日がある、という思いから、無名の人を抜擢しました。犬童一心さんも、市川さんに抜擢された1人。犬童さん自身も積極的に新人を抜擢しています」(荒木啓子PFFディレクター)。PFFは、かつては撮影所が担っていた徒弟制度のような役割まで担った。

混沌の時代に若者を導く、一筋の光

PFFはジャンルや作品の長さに関係なく、作り手が発信したい作品を応募できるのが大きな特徴の1つ。今年も1分から205分まで、ドラマ、アクション、アニメ、ドキュメンタリーなど529本の応募から18本の入選作が決まった。荒木ディレクターは「応募作品は大学や映画学校の課題制作と自主映画の2傾向にあります。スマホで撮れる時代なので、中、高校生にも期待しています。PFFは始まった頃はまだメジャーというべき存在が残っていました。そのメジャーも崩壊した今、映画で生きるのは難しい時代です。以前よりも強い精神力が求められています。道は厳しいですが、大事なことは自分ができることを100%やることだと思います」と話す。

そんな厳しい時代だからこそ、PFFの存在はますます重要だ。映画は光。その闇が深ければ深いほど、力強く輝くのだから。(敬称略)

第39回ぴあフィルムフェスティバル(2017年)の受賞監督たち(提供:PFF事務局)

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自主映画の祭典と呼ばれる「第40回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」が9月8日から22日まで、東京・京橋の国立映画アーカイブで開催される。メイン・プログラムとなるコンペティション部門の「PFFアワード2018」は、応募作品529本の自主映画から18作品が入選。ここでは、未来の日本映画界を牽引する新たな才能を感じさせる全作品を、一挙紹介しよう。

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招待作品部門では、スクリーンではなかなか観られない貴重な作品を上映し、多彩なゲストを招いている。1992年からPFFに携わる荒木啓子ディレクターが、そんな招待作品部門の見どころを語ってくれた。映画監督志望者だけでなく、映画ファンなら足を運んだほうがいい“5つの理由”とは……?

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70年代、小川プロダクションのドキュメンタリーで活躍し、劇映画では黒木和雄監督、柳町光男監督、青山真治監督と多く組んだ、撮影監督たむらまさき(田村正毅)。相米慎二監督の『ションベン・ライダー』(1983年)の冒頭7分半に及ぶ長回しは今も、語り草だ。90年代は諏訪敦彦、河瀨直美、鈴木卓爾ら新人監督のデビュー作品に参加し、インディペンデント映画を支えた。「第40回ぴあフィルムフェスティバル」(9月8日~22日、月曜休館、会場=国立映画アーカイブ)では、今年5月に79歳で亡くなった撮影監督たむらまさき(田村正毅)を偲んで、緊急企画「追悼 たむらまさきを語り尽くす」が開催される。

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