9月8日から公開の『いつも月夜に米の飯』は、加藤綾佳監督と新人女優の山田愛奈という二人の女性の才能に注目したい1作だ。というのも、まだ若い二人の女性の独自の感性が炸裂しているから。いい意味で、今までにない新世代の女性映画を感じさせるような、ちょっと過激で破天荒な作品になっている。

加藤綾佳監督が描く、異色のヒロインたち

まず、おおまかなストーリーを押さえておくと、本作の主要人物は、山田が演じる女子高生の千代里と、その母親の麗子、麗子の営む居酒屋で働く料理人のアサダの3名。母とは離れて暮らしていた千代里が麗子の突如の失踪で故郷に戻り、仕方なくアサダを手伝うところから始まるのだが、ここから不協和音が続き、一言で言えば略奪愛の物語が展開していく。

作品の核心に触れるので、その物語を詳しく説明はできない。ただ、タイトルからおいしそうな料理の出てくる(※確かに出てくることは出てくるのだが)、ほんわかした映画を想像したら、はっきり言って痛い目に遭う。略奪愛にしても、想像のつくような形ではない。「それってあり!?」と言いたくなる内容になっている。

(C)2018「いつも月夜に米の飯」製作委員会

その“想像のつかない点”には、毒気がふんだんに含まれている。これこそが加藤綾佳監督の真骨頂といっていい。前作『おんなのこきらい』(2014年)で劇場デビューを飾り、注目を集める彼女だが、初監督作品の『水槽』(2012年)から変わらない視点がある。それは「女の敵は女」とでも言おうか。同性に対する視線が鋭く、そして厳しいのだ。

加藤監督は、女性が抱く嫉妬や憎悪といったネガティブな感情を、むき出しのまま差し出すように描く。場合によっては反感を買いそうな表現をいとわない。しかも、自らの身体から発しているようなリアルさをヒロインに宿らす。なので、彼女の描くヒロインは生々しい。その生々しさや、役というよりもその人物として生きている感じは、河瀨直美監督やタナダユキ監督に登場する女性と相通ずるところがある。

振り返れば『おんなのこきらい』は、女性たちの価値基準の一つである「かわいい」という感覚を、いい意味でも悪い意味でも全否定するところから始まる大胆不敵な物語。その中で、かわいいがすべてでそれが武器になることを知っている森川葵演じるヒロインのダークサイドを、生ぬるさの微塵もないぐらい徹底的に描き切っている。それゆえに、登場する女性にものすごく同調する人がいる一方で、もしかしたら嫌悪感を抱く人も少なくないかもしれない。

(C)2018「いつも月夜に米の飯」製作委員会

本作の主人公である女子高生の千代里も、異彩を放つヒロインだ。母親を含む大人を信用できないでいる彼女は冒頭から、ふてくされた顔つきで登場。故郷に戻ると、どこかなれなれしく上から目線でしゃべりかけてくる地元の近所の住人に腹を立て、悪態をつく。さらに、自分とそりが合わない母親と自分を似ていると言う店の常連客たちを、ほぼ全員敵視している。おそらく彼女ぐらいの子をもつ同性の母親は、眉をひそめる存在に違いない。

この後も、店に戻ってきた母に対する冷酷な対応や、家族の関係をぶち壊しにするような行動をとったりと、自らの不満を爆発させる千代里は多くの人が共感を寄せるようなタイプのヒロインとは言い難い。それゆえに好き嫌いが分かれるはずだ。ただし、彼女のとる行動はかなり常軌を逸しているが、そこに一人の女性の綺麗事だけでは済ますことのできない、偽りのない本心が存在している。

(C)2018「いつも月夜に米の飯」製作委員会

役への身の捧げ方が半端ではない新進女優の山田愛奈

そんな加藤監督の描く異色のヒロインを、ものの見事に体現したのが女性ファッション誌「non-no」のモデルとして活躍する一方、女優としても歩み出している山田愛奈だ。

瀬々敬久監督の『最低。』(2017年)で昨年女優デビューしたばかりの彼女は、演技はまだまだ粗削り。でも、役への身の捧げ方が半端ではない。「今は役を自分と重ねるしかない」とばかりに、なりふりかまわないで無防備に、体当たりで役を表現しようする。

たとえば、まったく性格の合わない母と言い争う場面がある。そういう感情の高ぶるシーンにおいても、セリフをきっちり明確に語りながら、その言葉に怒りや悲しみといった情をしっかりとのせていくのが芝居としてはおそらく正解なのだろう。実際、名優と呼ばれる役者たちはそのあたりを難なくこなす。

しかし、まだ役者としてのキャリアの浅い山田の演技からは、役と自分の境目がほとんどないように感じられるし、むしろ、境目をつけていないようにも感じられる。実際はあまり出したくない、人前にはさらしたくない地の部分を否応なく出して対応するしかないと本人が覚悟しているところがある。

だから怒るにしても、悲しむにしても、役というより彼女自身の怒りや悲しみそのものとして吐き出しているところがあるので、言い争う場面では、気が高ぶりすぎて言葉が詰まり気味になることもあれば、一気に話し過ぎて少々息が切れていたりする。このような演技はパッと見ると、なんとも不格好でいびつに映るかもしれない。

(C)2018「いつも月夜に米の飯」製作委員会

ただ、我々の実生活においてのケンカや言い争いはどんな感じだろう。おそらくほとんどがしどろもどろになって、立て板に水のように言葉は出てこないのが実際のところではなかろうか?

山田がここで見せる演技は、そうした我々の実生活でのやり取りと絶妙にリンクし、妙なリアルさと臨場感を醸し出す。また、まだ不器用な彼女の演技が、不器用な生き方しかできない千代里にもぴたりと重なって、大きな存在感を放つに至っている。

このように、地をさらけ出すことをいとわない若手の女優は、久しく見ていない気がする。まだまだ未完成ながら、開花を予感させる彼女の俳優としての可能性にも目を向けてほしい。

(C)2018「いつも月夜に米の飯」製作委員会

加藤綾佳監督と山田愛奈。今後が楽しみな若き女性二人のコラボで実現した本作に、注目を。

(文/水上賢治@アドバンスワークス)