ビョークやジャーヴィス・コッカーといった世界的なアーティストからも賞賛される、型破りなピアニストで作曲家のチリー・ゴンザレス。その唯一無二な存在感をとらえたドキュメンタリー映画が、『黙ってピアノを弾いてくれ』(9月29日より公開)だ。劇中に登場する言動を通して、ともすれば生き様自体がアートと言えるような彼の魅力に迫っていきたい。

CDデビューは、オルタナティヴ・ロック・バンド

チリー・ゴンザレスは、1990年代後半に母国カナダからドイツへ渡り、ロック、ポップスからヒップホップ、さらにはクラシックまでジャンルの垣根を越えた活動と、破天荒な生き様で異彩を放つ音楽家だ。

今作は、その人となりを過去の映像とともに、本人や関係者へのインタビューで追求する。そして、彼自身の中にある相反する感性、さらにはアーティストではなくエンターテイナーを自認することによるユーモアのセンスや、バランス感覚を浮き彫りにしている。

彼は1972年生まれ。現在はテレビや映画音楽の分野で活躍している兄のクリストフ・ベックとともに幼少期からピアノを習いはじめ、1995年にオルタナティヴ・ロック・バンド「Son」のメンバーとしてCDデビューを果たす。

そして1999年にベルリンに移住し、翌年、ゴンザレス名義でインストのヒップホップ作品でソロデビュー。その一方で2004年に発表したアルバム「ソロ・ピアノ」が、コンテンポラリーなクラシック作品として高い評価を獲得し、アーティストとして確固たる地位を築いた。

その後も彼は、ラップとフル・オーケストラをコラボさせたアルバム「ザ・アンスピーカブル・チリー・ゴンザレス」の発表や、2013年にはフランスを代表するエレクトロ/ダンス音楽デュオ、ダフト・パンクのアルバム「ランダム・アクセス・メモリーズ」への参加など、精力的な活動を続けている。

(C)RAPID EYE MOVIES/GENTLE THREAT

音楽家としてのチリーの出発点は、兄の存在

劇中でスイス人作家のシビル・バーグからのインタビューを受ける中、チリーは、音楽をはじめたきっかけでありライバル視もしている兄のクリストフについてこう語っている。

「(お互いに音楽について学ぶ中で)あいつはテクニックに向かい、自分はアートに向かった」。

その前後の言葉には、兄に対する愛憎にも似たアンビバレンツな感情も滲むが(事実、クリストフはSonに深く関わり、「ザ・アンスピーカブル・チリー・ゴンザレス」も兄弟の共同プロデュースだったりする)、プレイヤー志向の兄との関係性が、チリーという音楽家の出発点だったことは間違いないだろう。

だが、チリー自身がプレイヤーとしてのテクニックを全く否定しているかと言えば、それもまた違う。劇中では、最近になって改めてクラシック・ピアノの基礎練習をはじめ、自分がいかに基本的な演奏ができていないかを自重気味に語る場面もある。型にはまらない言動が目立つ本作のなかで、淡々とピアノに向かうシーンは印象的だ。

もしもチリーにプレイヤーとしてのテクニックがもっとあれば、振れ幅の大きな形で音楽表現の探求をすることはなかったかもしれない。そして兄やテクニック、加えてはベーシックなものに対する相反する感情こそが、オーソドックスな「ソロ・ピアノ」に、ストリートとアカデミックという猥雑さと崇高さを交えた「ザ・アンスピーカブル・チリー・ゴンザレス」といった作品を生んだとも言えるだろう。

(C)RAPID EYE MOVIES/GENTLE THREAT

ウィーン交響楽団との共演で垣間見えたエンターテイナーとしての真骨頂

劇中には選挙に立候補した際の記者会見映像も盛り込まれており、記者の質問に芝居じみて(?)激昂するシーン、さらにはその瞬間を再現しようとオーディションを開催する場面もある。これらのシーンは映画の本筋からは外れており、こちらを煙に巻こうとする印象を受ける。 

だが、そういったシーンも、普段からチリーがアーティストと言われることを嫌い、エンターテイナーを自称していることから合点がいく。要するに、これもチリー・ゴンザレスなりのユーモアであり、エンターテインメントの一部なのだと。

後半は「ザ・アンスピーカブル・チリー・ゴンザレス」の映像版であるウィーン放送交響楽団との共演が見どころ。跳ねっ返りなミュージシャンといったイメージを逆手に取った暴れっぷりが痛快だ。

そして、ただの悪ふざけとも言える一方で、繊細なピアノプレイもたっぷりと披露し、アーティスティックな押し引きの絶妙なバランス感覚を見て取ることができる。最後のひと言にも、思わずニヤリとさせられる。

(C)RAPID EYE MOVIES/GENTLE THREAT

一人の音楽家の相反する感性、さらにはアーティストではなくエンターテイナーを自認することによるユーモアセンスやバランス感覚を浮き彫りにする『黙ってピアノを弾いてくれ』。これまでチリーのことを知らなかった人は、今作を観終えてすぐに彼の作品を探しにCDショップへ足を運びたくなるはず。もちろん彼のヘヴィリスナーも、次回はどういう形でこちらを驚かせてくれるのかと、新作がさらに待ち遠しくなるに違いない。

(文/兒玉常利@アドバンスワークス)