90年代に一世風靡し、10年前ぐらいまで日本のコマーシャルにもひっぱりだこだったユアン・マクレガー。少し年上のUK出身の俳優、ゲイリー・オールドマンやダニエル・デイ=ルイスがカメレオン俳優や天才俳優と呼ばれるのとは違い、高い演技力を兼ね備えながらも、どこか往年の映画スターらしさを感じさせるユアン。来る『プーと大人になった僕』(9月14日)の公開が待ち遠しいなか、ユアン・マクレガーを90年代のアイコンにした3作を振り返ってみましょう。

Dave J Hogan/Getty Images

イギリス映画界に新風を吹き込んだ『シャロウ・グレイブ』(1995年)

第1作目は低予算スリラー作の『シャロウ・グレイブ』。なんと脚本は若い医者だったジョン・ホッジ。医師業のかたわら書いた原稿を、映画祭で出会った駆け出しのプロデューサー、アンドリュー・マクドナルドと一緒に書き直し、その頃テレビと舞台の監督をしていたダニー・ボイルを迎えて製作しました。

1990年代前半、イギリス映画界はハリウッドに侵されていました。なぜなら、アメリカの大手映画配給会社は、イギリスの映画館チェーンと独占契約を結んでいたのです。なんと、イギリスの映画館で上映された映画の95パーセントがハリウッド映画だったのだとか!(※1)

それまでのイギリス映画界では、中流階級の人々を美しくノスタルジックに描いた『眺めのいい部屋』(1986年)や『日の名残り』(1993年)が海外で成功を収めていました。一方、『長距離ランナーの孤独』(1962年)や『孤独の報酬』(1963年)に代表される労働者階級を描いた“社会派リアリズム”映画や、『英国式庭園殺人事件』(1982年)のような芸術映画も存在していました。(※2)

「古き良きイギリス」「社会派リアリズム」「難解な芸術映画」、これら3つのジャンル以外に、「クリエイティブでエンターテイメント」なイギリスの商業映画を作りたいと思っていたのが、『シャロウ・グレイブ』で集まったホッジ、アンドリュー、ボイルの3人。というのも、この頃のアメリカでは、コーエン兄弟によるエンターテイメント性の高いインディペンデント系映画『赤ちゃん泥棒』(1987年)や『ミラーズ・クロッシング』(1990年)が注目を集めていたからです。

ユアンを含む新鋭俳優が起用された『シャロウ・グレイブ』はスコットランド・エディンバラを舞台に、死体を見つけたヤッピー3人の心や関係性が崩壊していくというダークなサスペンス。斬新な映像、音楽、人物描写と反道徳的なストーリーは絶賛され、1995年に英国内で最も収益をあげた映画になりました。「本物の新しい国産のエンターテイメント作品」(※2)として、低迷したイギリス映画界に風穴を開けたのです。

世界的現象を巻き起こした『トレインスポッティング』(1996年)

イギリスとフランスでは大ヒットしたものの、アメリカでは売れなかった『シャロウ・グレイブ』。それでも、ボイル、マクドナルド、ホッジの元にはそれぞれハリウッドから映画製作の話がじゃんじゃん舞込みました。ですが、彼ら3人が次に目をつけたのが、スコットランドでカルト的人気を誇っていたアーヴィン・ウェルシュの小説『トレインスポッティング』。エディンバラに住む、労働者階級のヘロイン中毒の若者がたどる恍惚感と狂気を描いたベストセラーでした。

中流階級的な甘い雰囲気をもったユアンは、大幅の減量をしてジャンキーのような外見を作りだすことに成功。ヘロイン中毒者の友情をいきいきと描いたスピード感、映像を際立たせるポップス音楽、痛ましいドラッグ文化、独特のユーモアを絶妙に織り交ぜた青春物語は、これまで映画館に通わなかった18歳~25歳の若者の心を虜にしました。

退廃的でスタイリッシュなこの作品はまさに時代を映し出した鏡であり、ユアンは一躍スターの座に躍り出たのです。ちなみに、本作に登場するユアンのスキニーデニムは、メンズファッションのトレンドにもなりました。

ハリウッド進出を助けた『普通じゃない』(1997年)

Barry King/Getty Images

『シャロウ・グレイブ』が失敗した海外市場を難なく開拓した『トレインスポッティング』。ボイルとマクドナルドには『エイリアン4』を製作するオファーが舞込みましたが、ホッジは『普通じゃない』という明るいタッチのコメディを書き上げており、彼らは3作目の映画も一緒に製作することになりました。

清掃員の青年が成り行きで大金持ちの娘を誘拐してしまい、ついに銀行強盗に手を染めてしまうというロードムービー『普通じゃない』。ロッキー山脈の雄大な自然を旅する物語のなかに、天使が登場する奇妙なサブストーリーが展開します。

本作は、ロマコメ路線にミュージカルやアニメーションなども“てんこ盛り”されており、少々“やりすぎ感”をぬぐえない仕上がり。案の定、批評家からも酷評され映画は大赤字になってしまいました。それでも、ユアンとキャメロン・ディアスの息の合ったテンポのよい演技は魅力的で、2人は本物の恋人同士なのではという噂が飛び交ったほど。ただし、これも製作側の宣伝戦略だったという説もあります。

映画は興行的には失敗に終わりましたが、ユアンのハリウッド進出への足がかりになり、米人気テレビドラマ「ERIII 緊急救命室」の第15話「険しい回り道」(1997年米放映)にゲスト出演しました。このおかげでユアンは、全米で顔を知られ、国際的なスター街道を歩み始めました。

4人の悲しい後日談

そして、監督のダニー・ボイル、プロデューサーのアンドリュー・マクドナルド、脚本のジョン・ホッジも国際的な映画製作者へと飛躍しました。ボイルが監督した『スラムドッグ$ミリオネア』(2008年)は、アカデミー賞を始め数々の賞を総ナメしたことを覚えている方も少なくないでしょう。実は、この黄金4人組には悲しい後日談があります。

それは2000年に公開された『ザ・ビーチ』。ボイルは、本作の主役をユアンに約束していたのに、土壇場になってレオナルド・ディカプリオを主役にしたのです。(※3)怒ったユアンはその後10年間近くも、ボイル監督と口をきかなかったのだとか。結局、ボイル監督が謝罪して4人組が復活し、『T2 トレインスポッティング』(2017年)が製作されました。

デビュー以来80本以上の映画やTVに出演し、監督業もこなすユアン・マクレガー。そして、ダニー・ボイル、アンドリュー・マクドナルド、ジョン・ホッジを加えた4人が90年代のイギリス映画界に及ぼした影響も覚えておきたいものです。

(文・此花さくや)

【参考】
※1…シンコーミュージック「ユアン・マクレガー/ストーリーズ」ブライアン・J・ロブ著
※2…「ジェダイへの道」ザン・ブルックス著
※3…Danny Boyle Is Sorry About Dumping Ewan McGregor for Leonardo DiCaprio – VANITY FAIR
https://www.vanityfair.com/hollywood/2017/01/ewan-mcgregor-danny-boyle-leonardo-dicaprio