「ヌーヴェルヴァーグの祖母」とも呼ばれ、女性映画監督の先駆者としてカンヌやアカデミー賞の名誉賞にも輝いた、現在90歳のアニエス・ヴァルダ監督。54歳年下の写真家・アーティストのJRと共同監督を務めた『顔たち、ところどころ』(9月15日公開)では、第70回カンヌ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞するなど、いくつになってもパワフルで最高にキュートな、アニエス・ウァルダ監督の魅力を紐解いてみたい。

子育てと映画制作を両立した肝っ玉監督

髪形こそツートンカラーのマッシュルームカットだけれど、まるでムーミン谷のミイのような毒舌キャラとして多くの映画人から畏怖されているヴァルダ監督。

1928年生まれのヴァルダ監督は、パリのソルボンヌ大学を卒業後、夜間クラスで写真を学び、映画監督になる前には劇場の専属カメラマンとして活躍していた。その後、ヌーヴェルヴァーグを代表する作家の一人として、ジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーと並び、めきめき頭角を現した。

1962年には、後に『シェルブールの雨傘』(1964年)でカンヌ国際映画祭パルムドールを獲得するジャック・ドゥミ監督と結婚し、後に俳優と衣装デザイナーとして活躍することになる長男・長女を育て上げた。その傍らで、ドゥミや自身の作品も管理する会社の社長業と映画製作に邁進してきた、スーパーウーマンの走りとも言える肝っ玉監督なのだ。

(C)Agnès Varda - JR - Ciné-Tamaris - Social Animals 2016.

アートや音楽に敏感で、ハプニングも逆手に取って楽しむ器の持ち主

ヴァルダ監督は、『5時から7時までのクレオ』(1962年)や『幸福』(1965年)などで、時代を捉えたビジュアルに社会派的な視点を巧みに織り交ぜながら、女性の生き方をテーマにしたフィクションを手掛けてきた。その一方で、『落穂拾い』(2000年)や『アニエスの浜辺』(2008年)など、優れたドキュメンタリー作家としても非常に高い評価を受けている。

『顔たち、ところどころ』の中にも『落穂拾い』の象徴ともいえるハート型のジャガイモがチラリと登場する。未見の人はぜひとも最新作の予習だと思って、ヴァルダ監督がハンディカメラを片手にフランス各地の「現代の落穂拾い」を探す旅に出る『落穂拾い』も観てほしい。まさに今回の『顔たち、ところどころ』の原型とも言うべき、傑作ロードムービーなのだ。

『顔たち、ところどころ』で、フォトグラファーであり、グラフィティ・アーティストとして活躍するJRとタッグを組んだと耳にしたときも、「あの『落穂拾い』を撮ったヴァルダ監督なら、さもありなん」と、筆者は妙に納得した。というのも、『落穂拾い』の撮影時の興味深いエピソードとして、予定していたアーティストが急遽来られなくなったため、ヴァルダ監督自ら「ラップ」に挑戦したという裏話があったから。最先端のアートや音楽に敏感で、まさにハプニングさえも逆手にとって楽しんでしまえる器の持ち主なのだ。

(C)Agnès Varda - JR - Ciné-Tamaris - Social Animals 2016.

互いを尊敬する心とやさしさに満ちあふれた『顔たち、ところどころ』

『顔たち、ところどころ』では、「偶然こそが最良の助監督」を合言葉に、都会派のJRを引き連れて、巨大ポスターが出力できるスタジオ付きのフォト・トラックで、行き当たりばったりの旅に出る。懐かしの旧友と再会したり、「おばあちゃん子」だったというJRの100歳になる実の祖母を訪ねたりしながら、農場や工業地帯、港湾などを舞台に、そこで働く人々やその家族を被写体とした巨大ポスターを貼りまくる。

納屋や家の外壁、積み上げられたコンテナに貼り出される「顔たち」が、モデルや役者顔負けの存在感を醸し出し、多くの人々の満足げな笑顔と切ない涙を誘う様子は、まるで魔法を見せられているかのようだ。

好奇心旺盛な少女のような眼差しとは裏腹に、徐々に視力が弱くなっていくヴァルダ監督と、どんなときもサングラスをはずそうとしないJRが、時に一緒に歌い、からかい合い、険悪になったりしながら続ける旅は、互いを尊敬する心とやさしさに満ちあふれている。

(C)Agnès Varda - JR - Ciné-Tamaris - Social Animals 2016.

映画の中で「JRは願いを叶えてくれた。人と出会い、顔を撮ることだ。これなら皆を忘れない」とつぶやくヴァルダ監督。たとえ老いという現実からは逃れられなくとも、感受性を失わない限り、人はいつまでも新たな自分と出会えることを、この映画は証明してくれている。

(文/渡邊玲子@アドバンスワークス)