仲睦まじいはずだった夫婦が、「視力回復手術」をきっかけに、秘められた本性を剥き出しにしていく様をスリリングに綴った『かごの中の瞳』(9月28日より公開)。人間とは、愛する人の幸せより、かくも自分の欲望を優先してしまう生き物なのか……。観終わった後、そんな問いが頭を駆け巡るほど「愛」の怖さに打ちのめされる、とてつもない衝撃作だ。

視力を取り戻して美しく変わった妻に、疑いと嫉妬を抱く夫

この映画で描かれるのは、幼い頃に事故で視力を失った妻(ブレイク・ライヴリー)を献身的に支えてきた夫(ジェイソン・クラーク)が、妻が視力を取り戻したことを機に、彼女へ疑いと嫉妬を抱くようになっていく過程だ。というのも、清楚で従順だったはずの妻が、手術を受けたことで自信を取り戻し、髪をブロンドに染め、流行のファッションに身を包み、みるみるうちに美しい女性に変貌を遂げたから。

とはいえ、手術の前からこの夫婦に多少のほころびが出来つつあったことは、夫の何気ないひとことで妻の表情がくもる瞬間を見逃さなければ伺い知れる。「きみはどうせ見えないだろうけど」「きみの世話が出来るのを僕の特権だと思っている」という発言から、夫が妻を庇護する対象とすることで成り立っている、いびつな関係であることが伝わってくるからだ。

(C)2016 SC INTERNATIONAL PICTURES. LTD

義理の兄からふいに「奥さんが他の男に目移りしないか不安じゃないか?」と聞かれた夫は、表向きには平静を装いつつも動揺を隠せない。自分の存在意義を目の不自由な妻のサポートに見出していた夫は、妻の自立によってその役割を失ってしまう。さらには、ここ数年夫婦を悩ませてきた妻の不妊の原因が自分にあるとわかり、存在を否定されたような気分になってしまうのだ。

視力を取り戻した妻の瞳に映ったのは…

既にこのエピソードだけでも十分ショッキングな内容だが、ここで終わらないのが本作のすごいところ。それは、見えるようになった妻の目の前に現れたのが「思い描いていた夫」とはかけ離れた「平凡で冴えない中年男」であったこと。自分を支えてくれたことには感謝しながらも、「内心がっかりしてしまう」という妻の残酷な本心も同時に映し出してしまうところに、この作品ならではの怖さがあるのだ。

自身がまだ男性の関心を引ける容姿であることを自覚し、好奇心の赴くまま性的な欲求にも忠実であろうとする妻の姿は、まさに思春期の少女に訪れる「自我の目覚め」そのものであるとも言えるだろう。さらに、再び視力を失うかもしれないという恐怖に苛まれた妻は、その不安を払拭するかのように「裏切り」の行為へと突っ走る。そして、あることをきっかけに、再び低下し始めた視力の真相を突き止めるのだ。

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そんな泥沼の愛憎劇の舞台となるのは、バンコクの色彩溢れる市場や、プーケットの超高級リゾートホテル、そしてバルセロナの怪しげな歓楽街。異国情緒漂う景色の中で、妻のぼやけた視点を織り交ぜたミステリアスな映像と、歌詞に込められた意味を思わず深読みしたくなるような音楽とを掛け合わせ、ドロドロとした男女の内面を見事にあぶり出していくマーク・フォースター監督の手法は、もはや見事としかいいようがない。

妻の目が見えなかった頃の方が幸せだったことに気づいてしまう夫の心の闇は、背筋がゾッとするほど暗くて深い。しかし、人間なら誰しもが、そんな本性を眠らせているのかもしれない。それが表に噴出するきっかけが「愛」であるという事実に、ただただ驚愕させられる。

(文/渡邊玲子@アドバンスワークス)