『母の残像』(2016年)で一躍世界にその名を轟かせたヨアキム・トリアー監督による新感覚ホラー『テルマ』(10月20日より公開)。幼い頃の記憶を封印された少女テルマが、生まれて初めて覚えた欲望によって、自らの中に眠っていた「恐ろしい力」と向き合う様を、スタイリッシュな映像と音楽で紡ぎ出した衝撃作だ。

大友克洋監督の『AKIRA』(1988年)をはじめ、「小津安二郎や黒澤明にも多大なる影響を受けた」というトリアー監督のインタビューを交えつつ、本作の魅力を紹介したい。

ノルウェーを舞台に描かれる美少女テルマの特殊な成長物語

頭に電極を繋がれ、見開いた瞳から血の涙を流す美少女という衝撃的なポスタービジュアルから既に「ただ事ではない感」を醸し出す本作。ジャンルとしてはホラーやスリラーに分類される映画ではあるのだが、どちらかというと同じ北欧を舞台にした詩的で美しいヴァンパイア映画『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008年)に近いテイストで、一目見るだけできっとその独特の映像世界に圧倒されるはず。「怖い映画は苦手」と尻込みしている人にこそ、ぜひ観て欲しい1本だ。

ノルウェーを舞台に描かれるのは、信仰心が厚い厳格な家庭で育てられた、美少女テルマの特殊な成長物語。大学進学をきっかけに首都オスロで一人暮らしを始めた彼女は「大人の階段」を昇り始め、同級生の少女アンニャと出会い、奔放な彼女に心身共に魅了されていく。だが、実はそれこそが幼い頃に封印されたはずの「恐ろしい力」を解き放つスイッチであり、テルマは不可解な発作に襲われるようになる。さらには、彼女の周囲で不気味な出来事が次々と起こり始めるのだ。

テルマを演じるのは、ノルウェーで子役から活躍していたという、透明感溢れる美少女エイリ・ハーボー。テルマの初恋の相手となるアンニャに扮するのは、本作が映画デビューとなるモデルでミュージシャンのカヤ・ウィルキンスだ。 

恐ろしい秘密を抱えたテルマの家族の結びつきを中心としながら、誰もが経験する自我の目覚めや初恋、そして青春の痛みが、北欧の美しい街並みの中で幻想的に綴られてゆく。

(C)PaalAudestad/Motlys

日本のカルチャーにどっぷりつかったトリアー監督

『母の残像』では、母親を失った息子の心の傷と喪失感を繊細に描いたヨアキム・トリアー監督。なぜ本作では、特殊能力を持った少女を主人公にしたホラー映画に取り組んだのか、尋ねてみた。

「主人公を少女にしたのは、新しいことを試してみたかったからだよ。脚本を書いているときから、僕は彼女のことがすごく理解できた。僕の中にいるテルマを、僕は見つけることが出来たみたいだ。僕自身は『母の残像』も『テルマ』も共通して、“個人”と“家族という枠組みの中の個人”というものの間にある“葛藤”をテーマに描いているつもりなんだ。

特に『テルマ』は、自分の人生の責任を自分が持ち始めたときに経験する、実存主義的な体験を描いたスーパーナチュラルスリラーであるとも言えるんだ。面白いことに、自分の人生に対する責任を自分で負い始めた時って、同時に何かコントロールが失われていくような感覚を味わうような気がするんだよね。 

解放や自由や責任感、それから愛やアイデンティティといったものは、どれもテルマにとっては大きな体験ばかり。罪悪感を覚えるのは“家族に対していい子でありたい”と彼女が感じてしまっているからなんだよ。

ところが、テルマが初めて恋した相手は女の子だった。保守的なキリスト教家庭の親からすれば、一番許容できない相手でもあるというわけだ。

僕にとっては、ストレートなドラマでは掘り下げることが出来ないような手法が使える“スーパーナチュラル”というジャンルの映画を作ることは、すごく楽しいことだった。悪夢や内なる世界といったものを、自然に描くことが出来るわけだからね。 

(C)PaalAudestad/Motlys

僕はイタリアンホラーや日本のアニメ、漫画も沢山観ていて、今敏や大友克洋も大好きなんだ。もともと日本語に興味があって、いつか学びたいと思っていた。最初はアニメから入ったんだけど、三島由紀夫にメチャクチャハマっていた時期もあるよ。塚本晋也監督の『鉄男』(1989年)みたいなサブカル映画も大好きだったし、それから数年経って、ヒューマニストシネマの巨匠である小津安二郎に惚れ込んでしまったんだ。

幸運なことに僕が育ったノルウェーの首都オスロには、国立のシネマテークやシネマクラブが沢山あって、世界中の映画を観ることが出来たんだ。大きなコミックストアもあるんだけど、そこで英語字幕が付いたVHSや漫画本を買いあさっていた。もちろん『AKIRA』も観たよ。

その後、20代になってから映画の勉強をしにロンドンに渡ったんだけど、そこで日本のクラシックの作家たちの作品が観られるようになったんだ。世界の映画好きたちは、日本の皆さんが思っているよりはるかに、小津作品、黒澤作品を観ているんだ。そればかりか、失われた巨匠と言われる成瀬巳喜男監督の作品だって皆観ているんだよ!

今回僕が撮った『テルマ』は、若い時に僕にすごくインスピレーションを与えてくれたファンタジーの伝統と、僕が愛してやまない、ヒューマン、家族、アイデンティティ、責任といったものを素晴らしく表現する、小津安二郎監督の映画が出会った作品であるとも言えるんだよね。つまり、僕の日本映画に対する全く異なる二つの想いが合わさった映画になっているような気がするんだ」

(C)PaalAudestad/Motlys

もともとはスケートボーダーで、パンクやロックなどの反逆心溢れるカウンターカルチャーが好きだったというヨアキム・トリアー監督。『テルマ』を構成している要素に小津作品があったとは、筆者自身も驚いた。ある意味、日本人よりも日本のカルチャーに詳しい監督が作ったホラーには、新しさとともにどこか古典的な懐かしさも感じられそうだ。

(文/渡邊玲子@アドバンスワークス)