10月20日から公開される『世界で一番ゴッホを描いた男』は、中国の複製画工房でゴッホの複製画を描き続ける一人の画家を追ったドキュメンタリーだ。「複製画工房」で「ゴッホを描き続けている」となると、なにやら贋作といったよからぬイメージを抱いてしまうかもしれない。でも、ここで描かれること、ここに登場する人物はそうした危ういイメージとは無縁。そして我々の想像を超えた世界や、思わぬ感動へと誘う。

「複製画ビジネス」が成立する中国の村の存在

 ユイ・ハイボーとキキ・ティンチー・ユイという父娘で監督を務めた二人が向かった先は、中国のダーフェン(大芬)という町。世界最大の「油絵村」と称されるこの町は、最近では観光スポットとしても人気が高いそうだ。

ここは町全体が、大量の複製画を生産する巨大工場といったところ。実に世界市場の6割もの複製油画がここで制作されているそうだ。複製画を手掛ける絵描きは「画工」と呼ばれ、その数は1万人を超すといわれている。

映画はまず複製画工房の日常に分け入り、迷いなく筆を走らせ、名画の複製画を仕上げていく画工たちの姿を捉える。ゴッホの名画「ひまわり」や「自画像」などの複製がアトリエには散乱し、決していい労働環境とは思えない中で画工たちが黙々と仕事をこなす。そんな光景をカメラは捉え、まずはこんな町が現代に存在し、中国の片隅から複製画ビジネスがワールドワイドに展開している事実に大きな驚きを覚えることだろう。 

(C)Century Image Media (China)

ゴッホの絵を描きながら、実物を見たことのない画工の切なる願い

「油絵村」に迷い込んだ二人の監督は、そこで一人の画家に目を向ける。彼の名は、チャオ・シャオヨン。

1996年に出稼ぎでダーフェンの町にやってきた彼は、それまで独学で、家族とともにゴッホの複製画を10万点以上も描いてきた。そして、いまも毎月何百枚というゴッホの複製画を全世界へ輸出しているという。

映画の邦題通り、「世界で一番ゴッホを描いた男」といって過言ではないシャオヨン。しかし、実のところ、彼はゴッホの本物の絵画を自分の目で見たことがない。

寝ても覚めてもゴッホの絵と向き合ってきた彼は、次第に夢見るようになる。「いつか本物のゴッホの絵を見てみたい」と。それは、偽らざる本心。ゴッホの絵を描きながら実物を見たことのない自分をどこか恥じらっているような、ゴッホを語るときの彼の表情や、複製画とはいえ、求道者のようにキャンバスに向かう彼の真剣な眼差しを見れば、それは感じられることだろう。

(C)Century Image Media (China)

このあたりから本作は様相が変わり始める。家族のため、お金のために描き続けている単なる複製画の画工にしか見えなかったシャオヨンが、実はとてつもなく崇高な魂をもっていることに気づかされる。

自分は芸術家ではないことを自認し、「あくまでも複製画の職人」だと口にする彼だが、そのあふれるゴッホの絵画への愛は、もう、ゴッホの絵画、いやゴッホという人間を誰よりも理解し、その意志までを継ごうとしているかのよう。なにやら壮大なロマンを求める夢追い人に見えてくるのだ。

(C)Century Image Media (China)

時空を超えた魂と魂の対話。ミラクルな瞬間が訪れる

そして彼は、「ゴッホの絵を見に行こう」と決心する。尊敬するゴッホと対峙するため、美術館のあるオランダのアムステルダムへと向かうのだ。

念願のゴッホの絵と対面を果たした彼は何を思うのか? それは本作の最大のポイントなので、ぜひ劇場で確かめてほしい。ただ、おそらくまったくこちらが予想をしない瞬間が訪れることだろう。

一つだけ明かすと、魂と魂の対話とでもいおうか。もうこれは実際にそこに立った人間にしかわからない。そこには言葉もなにもない。けれども、時空を超え、芸術でつながった絵画の巨匠と名もなき画家の心と心のやりとりが、そこには存在していた。

(C)Century Image Media (China)

これはゴッホをピュアに思い続けたこの男が起こした、一つの奇跡といっていい。こんな瞬間は、予想もしないことが次々と起こるドキュメンタリーであっても、めったに遭遇できない。ゴッホに恋い焦がれ、ゴッホに身を捧げた複製画の職人に訪れる一つの奇跡。この瞬間を目撃してほしい。

(文/水上賢治@アドバンスワークス)