10月27日(土)に公開される映画『ライ麦畑で出会ったら』は、テレビのミニシリーズ『フランク・シナトラ/ザ・グレイテスト・ストーリー』(1992年)でエミー賞を受賞したジェームズ・サドウィズの初長編監督作品。16歳の時に大好きだった『ライ麦畑でつかまえて』の著書J.D.サリンジャーを探しに旅に出たという監督自身の思い出を映画化した話題作です。

1951年に発表されて以来、若者たちから圧倒的支持を受け続ける『ライ麦畑でつかまえて』は、これまで世界中で6,500万部以上も売り上げました(※1)。なぜ、この小説が不朽の名作なのか? 実際にアメリカの高校へ通った筆者も、英語の授業でこの小説を勉強しました。それでは、筆者が学校で習った内容とサドウィズ監督とのSkypeインタビューから、『ライ麦畑でつかまえて』の人気の秘密を探っていきたいと思います。

ライ麦畑で出会ったら 解説

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「自分探し中」の心を描いた青春物語

『ライ麦畑でつかまえて』は名門寄宿学校を成績不振で退学になった16歳のホールデン・コールフィールドが寮を飛び出し、女の子とダンスしたり、酔っ払ったり、お金を巻き上げられたりと様々な経験をするマンハッタンでの2日間を綴った青春物語。

弁護士である堅実な父親のようにも、ハリウッドのシナリオライターである商業的な兄のようにもなりたくなく、“無心に遊びに興じている子供たちがライ麦畑の崖から落ちそうになったときに、つかまえるような人物になりたい(キャッチャー・イン・ザ・ライ)”とうそぶくホールデン。他人を厳しく批判しながらも、自分の責任からは逃げる。大人を嫌悪しながらも、大人のような狡猾さで嘘をつく――このような両面性を持ち合わせた少年です。

自分探し中のティーンの心をリアルに語ったこの物語は当時画期的で、すぐに賛否両論が巻き起こりました。また、セリフに出てくる卑猥な言葉遣いのせいで、いくつかの州では発禁処分になったり、この本を推薦した教師がクビになったりしたそうです。(※2)

アメリカの若者文化のバイブル

この小説が発表された1950年代初頭のアメリカは、第二次世界大戦後の戦争景気に沸き、人々は郊外にマイホームとマイカーを買い、物質的な豊かさを享受していました。一方、マッカーシー上院議員やフーヴァーFBI長官をトップにした反共主義が吹き荒れ、思想統制が行われていた現実もありました。加えて、人種差別、女性差別、核戦争への不安、画一主義……。

こういった社会的抑圧に抗うかのようなホールデンの声は、既存社会に反抗する1950年代から1960年代の若者文化のバイブルに。この時代を知るサドウィズ監督も「この小説は、まさに絶妙のタイミングでアメリカの若者たちの“神経”に触ったのです」と説明します。

様々な解釈ができる小説ですが、思春期の両面性、性の目覚め、社会的な背景……これらの要素が、『ライ麦畑でつかまえて』をアメリカ青春文学の金字塔にした理由だと筆者はアメリカで学びました。

ライ麦畑で出会ったら 実話

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本当にサリンジャーに会いに行った監督

映画『ライ麦畑で出会ったら』の舞台となるのはアメリカ東部ペンシルバニア州の田舎にある男子寄宿学校。演劇が好きな16歳のジェイミーは、スポーツ重視の校風になじめず、孤独な毎日を送っていました。

学校の演劇で愛読書の『ライ麦畑でつかまえて』を舞台化したいと考え、著者のサリンジャーから許可を得るために彼を探しに行きます。ペンシルバニア州からサリンジャーが住むメイン州までヒッチハイクしようとしていると、知り合いの女の子ディーディーが車で連れて行ってくれることになり、二人の旅が始まります。

ライ麦畑で出会ったら ジェームズ・サドウィズ監督 インタビュー

Skypeインタビューに応じてくれたジェームズ・サドウィズ監督

まさに、小説内のホールデンの冒険と重なるストーリーなのですが、これはサドウィズ監督自身が本当に経験したこと。ジェイミーのキャラクターは若かりし頃の監督を再現し、ジェイミーを演じたアレックス・ウルフは偶然にも高校時代の監督に外見がよく似ているのだとか。

さらに、ピュアな美しさがあふれるディーディーは、ある二人の女性を元に作ったキャラクターだと監督は言います。

「寄宿学校の近くの高校へ通っていた友達の女の子がまず一人。あの綿毛が舞うシーンも、彼女と一緒に経験した思い出です。もう一人は私の妻。明るくて正義感の強いディーディーの人柄は彼女そのものなんです」

本作で一番美しいと言っても過言ではないシーンが、ジェイミーとディーディーが綿毛のトウワタが生えた野原で無邪気に遊ぶところ。夕日に反射して煌く綿毛がふわふわと舞い、そのノスタルジックな美しさに、思わず子供の頃に帰りたい気分になります。

ライ麦畑で出会ったら ステファニア・オーウェン

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サリンジャーのおかげでハーバード大学に合格!?

劇中、ジェイミーとディーディーはサリンジャー宅へなかなかたどり着けません。なぜなら、隠遁生活を送るサリンジャーをかばって町中の人々が彼の居所を教えてくれないのです。こういったこともすべて監督が実際に体験しました。気難しい世捨て人のようなサリンジャーも、監督の記憶を元にクリス・クーパーが練り上げた人物像。

ライ麦畑で出会ったら サリンジャー役

サリンジャーを演じたクリス・クーパー(C)2015 COMING THROUGH THE RYE, LLC ALL RIGHTS RESERVED

なんでも監督は、サリンジャーと会った直後に、彼の印象や会話の内容などをテープレコーダーに録音して今でも大切に持っているのだとか!

「しかも、私はそのテープをハーバード大学へ出願するときに送ったんですよ(笑)。エッセイを書くのが苦手だったので、代わりにテープをそのまま送ったら、成績は大してよくなかったのにハーバードに受かってしまった(笑)。後日、入学事務局に『あの面倒くさいテープを送ってきたのは君だったのか!』と言われたんですよ」

アメリカの大学に入学するには願書と一緒に、“自分がどういう人間でなにを人生で成し遂げたいのか”という“パーソナルステートメント”と呼ばれるエッセイを提出しなければいけません。サリンジャーとの思い出のテープが大学合格まで導いてくれたとは、なんとも不思議で心温まるエピソードです。

監督はその後もたびたびサリンジャーに手紙を書いて、自分が脚本家や監督になったこと、エミー賞を受賞したことなども伝えましたが、サリンジャーからの返事は一切来なかったそう。けれども、サリンジャーがサドウィズ監督にしたように、「自分とは何者なのか」と悩む若者の心を捉え、彼らの自己探求の旅に多大な影響を及ぼしたことは間違いないでしょう。

子供から大人への通過儀礼に欠かせぬ痛みと喜び――。サリンジャーの小説を読んでいなくとも、誰もが青春をもう一度味わえる珠玉の映画です。

(取材・文/此花さくや)

【参考】
※1…JD Salinger, author of Catcher in the Rye, dies aged 91 - The Telegraph
※2…ミネルヴァ書房「ライ麦畑でつかまえて」田中啓史編著