1960年代の監督デビューからほぼ年に1作品というハイペースで作品を撮り続けてきたウディ・アレン。アカデミー賞では監督賞と脚本賞など4度受賞し、ノミネートは数知れず。映画監督として50年以上のキャリアを誇る彼は現在、過去の性的虐待疑惑の再燃を受けて、休業の危機にあるとされている。そんなウディの監督作をジャンル別に一気に振り返りながら、創作活動の軌跡を辿ってみたい。

パロディー満載のスラップスティック・コメディー

『泥棒野郎』- Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

 1950年代からコメディー・ライター、スタンダップ・コメディアンとして活躍をしていたウディが本格的に映画監督デビューを果たすのは『泥棒野郎』を手掛ける1969年のこと。精神的にも体力的にもひ弱な「泥棒野郎」が幾度となく犯罪に失敗しては刑務所へと送り込まれ、その前科と懲役年数で有名になっていく様子がドキュメンタリー仕立てで展開する。主演と脚本をウディ自身が務め、さまざまなパロディーやギャグをこれでもかというほど詰め込んで、チャールズ・チャップリンやバスター・キートンなどの往年のコメディーを思わせるようなスラップスティックな物語が繰り広げられている。

『ウディ・アレンのバナナ』- Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

 最終的な編集権を獲得できた同作では、若き日のウディ(といっても当時すでに30代半ば)によるアイディアが詰め込まれており、コメディアンとしてのウディの本領を確認できる。この後作品以後もしばらくウディ自身が主演を務めたコメディーが続く。なかでも200年後の未来を舞台とする『スリーパー』(1973年)は、「ウディ・アレンにアカデミー賞を!」という新聞広告を打つなどの熱狂的なファンを持つほどの作品で、フランスなどでも高い評価を得た。また、学生運動など当時の空気を反映した『ウディ・アレンのバナナ』(1971年)では、ウディは南米のとある国で独裁者に祭り上げられる若者を演じた。同作に少しだけ登場するチンピラ役で、無名だったシルヴェスター・スタローンが出演している。

ニューヨーカーとしての自画像

『アニー・ホール』- Bettmann / ゲッティ イメージズ

 そんなコメディアンとしての素質を映画でも発揮してキャリアを重ねていたウディにとってブレイクスルーとなったのが、アカデミー賞作品賞を受賞するなど今なお高い人気を集める『アニー・ホール』(1977年)だ。『スター・ウォーズ』などの注目作が候補に挙がるなか、ニューヨークに暮らすユダヤ人男性の等身大の恋愛模様を描いた同作は、作品賞、監督賞はじめ華々しく主要4部門で受賞に至った。ダイアン・キートン演じるアニーのメンズライクなファッションも「アニー・ホール・ルック」として注目を浴びた。

『アニー・ホール』- Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

 物語は、プライベートでもパートナーであったダイアン・キートンをヒロインに、ニューヨークに暮らす一組の男女の出会いから破綻までを、過去や現在を自在に行き来しながら描き出す。そこにはユダヤ人である自身の出自や両親との関係、ワスプ(アングロ=サクソン系でプロテスタント信者の白人)であるアニー(ダイアン)との恋愛、ニューヨークでの思い出など、さまざまな自伝的な要素が盛り込まれている。笑いとペーソスを絶妙なバランスで織り交ぜた、シニカルだが味わい深いコメディーとなっている。

『マンハッタン』- Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

 また、ウディがスタンダップ・コメディアンのように画面に向かって語りかけたり、心の声を字幕で表示したり、画面分割やアニメーションを用いるなど、映像のトリックを駆使した演出もおもしろく、これまでのスラップスティックな笑いから一皮むけた人間喜劇に仕上がっている。そんな『アニー・ホール』でオスカーを手にしたウディだったが、授賞式の夜、いつものクラリネットの演奏があるとの口実で式を欠席。こうして着実に「ハリウッド嫌いのニューヨーカー」というイメージを定着させていくことになるのだった。

『スターダスト・メモリー』- Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

 そして、『アニー・ホール』の成功を受けて、ウディは自伝的な要素とそこにユダヤ系アメリカ人のステレオタイプを織り交ぜながら、スクリーンのなかの「ウディ・アレン」という新たなキャラクターを生み出した。その後もこのキャラクターを自在に操りつつ、作品づくりを続けていくことになる。全編モノクロで切ない中年に差し掛かるインテリのニューヨーカーの恋愛を描いた『マンハッタン』(1979年)、フェデリコ・フェリーニの『8 1/2』を下敷きにして創作者としての苦悩を語った『スターダスト・メモリー』(1980年)、コメディアン時代の記憶をもとにした『ブロードウェイのダニー・ローズ』(1984年)、そしてイングマール・ベルイマンの『野いちご』(1957年)を意識したストーリーが展開する『地球は女で回ってる』(1997年)といった作品群で、設定はそれぞれ異なるものの、現実のウディを反映したキャラクターを中心とした物語が断続的に紡がれていくことになる。

ミューズたちを起用した女性映画

『カイロの紫のバラ』- Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

 ダイアンというミューズとともに数々の傑作を残したウディは、続いてミア・ファローを主演に新たに「女性映画」の数々を手掛けていく。ダイアンがコメディーを得意とする男勝りなキャラクターを演じる一方で、ミアはどこか神経質な一面を持つ、より内省的な性格の女性としてウディ作品には登場する。ダイアンが出演した『インテリア』(1978年)などでシリアスな作品への関心をうかがわせていたウディに、主人公の内面に迫るシリアスな作品を本格的に生み出すきっかけを与えることに。

『アリス』- Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

 批評的評価も高い『カイロの紫のバラ』(1985年)は、映画を観るために映画館へ行くことだけが生きがいの、暴力的な夫との辛い生活を送る主人公(ミア)のもとに、スクリーンから憧れの俳優が飛び出してきて……というロマンスを描いたもの。スクリーンから飛び出してきた虚構の人物とのロマンスというストーリーは、その後の多くの映画に影響を与えることになった。ファンタジックな設定ながら、1930年代の不況などを背景にした境遇などのリアルな描きこみのクオリティーも高く、ウディの「女性映画」の代表作となった。

『地球は女で回ってる』- Fine Line Features/Getty Images

 その後も『ハンナとその姉妹』(1986年)、『セプテンバー』(1987年)、『アリス』(1990年)などのミアが出演した作品を手がけ、作品の幅を大きく広げていく。ジョン・カサヴェテスの公私にわたるミューズであったジーナ・ローランズを主演に迎えた『私の中のもうひとりの私』(1989年)で、このジャンルを深化させていく。さらに、現代ニューヨークを舞台にした『ウディ・アレンの 重罪と軽罪』(1989年)や『夫たち、妻たち』(1992年)では、ウディとミアが共演し、死や宗教、孤独といった哲学的な主題、性愛や結婚の問題が群像劇のなかで語られるが、これらの作品には自伝的な物語と女性映画を組み合わせて昇華させたような、映画監督ウディ・アレンの成熟を見て取ることができる。

ヨーロッパの都市が舞台の群像劇

 そんな着実な進化を遂げてきたウディだが、常連だったアカデミー賞からも遠ざかりつつあった低迷期ともいわれる2002年、そうした風評を逆手にとって映画づくりの内幕をコミカルに描き出した『さよなら、さよならハリウッド』を手掛ける。ウディ演じる売れない映画監督が企画を依頼され、撮影を開始するも失明してしまう。そんな絶体絶命な状況に反して映画はどんどん完成に近づいていき、やがて皮肉たっぷりな結末を迎えることに。そして、実際にウディは『僕のニューヨークライフ』(2003年)、『メリンダとメリンダ』(2004年)というニューヨークを舞台にした作品が興行的にもふるわず、活躍の舞台をヨーロッパへと移していくことになる。

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 撮影の舞台をイギリスに選んだ第1作となった2005年の『マッチポイント』は、元テニスプレーヤーの主人公がイギリスの上流階級を舞台に成り上がっていくさまを描き出すサスペンス。殺人などをモチーフにしながらも、どこかにコメディー要素を含んでいたこれまでの作風とは異なり、全編でシリアスな展開が続く本格的なサスペンスとなっている。ウディの新たなミューズとも呼ぶべきスカーレット・ヨハンソンが妖艶なファムファタルぶりを発揮している。罪の意識に苛まれる主人公の苦悩が緊迫感たっぷりに描かれており、批評的にも興行的にも成功したことで「復活」を印象づけた。

 同じくスカーレットを起用したミステリー・コメディー『タロットカード殺人事件』(2006年)やユアン・マクレガーとコリン・ファレルが兄弟を演じたサスペンス『ウディ・アレンの 夢と犯罪』(2007年)は、『マッチポイント』ほどの興行的な成果はあげなかったが、その後のヨーロッパでの新境地への足がかりとなった。この「イギリス3部作」を経て、『それでも恋するバルセロナ』(2008年)、『恋のロンドン狂騒曲』(2010年)、『ローマでアモーレ』(2012年)、そしてキャリアでの最大のヒット作になった『ミッドナイト・イン・パリ』(2011年)などでヨーロッパを舞台にした群像劇を手がけていく。

オーウェン・ウィルソン - Frazer Harrison/Getty Images

 オーウェン・ウィルソンふんする、婚前旅行でアメリカからパリにやって来た主人公ギルが真夜中、1920年代のパリにタイムスリップしてしまうというファンタジックなストーリーが展開する『ミッドナイト・イン・パリ』。華やかなりし花の都・パリを舞台に、F・スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイ、サルバドール・ダリ、ルイス・ブニュエルなど芸術家たちが姿を見せ、現在と過去が対比され、郷愁たっぷりな雰囲気に彩られている。失われたものへのノスタルジーは、出世作の『アニー・ホール』でも描かれたテーマだが、老年に差し掛かったウディはファンタジーとして軽やかなトーンで作り上げている。ややシリアスなテーマに挑んできたウディだが、ヨーロッパに身を置いたことで、羽を広げたように軽妙な物語に仕上がっている。

ウディ・アレンの今後はどうなる?

『ギター弾きの恋』- Getty Images

 そのほかにもジョン・キューザックが主演を務め、日本でも今年舞台化された『ブロードウェイと銃弾』(1994年)、『タイタニック』で人気絶頂にあったレオナルド・ディカプリオが出演した『セレブリティ』(1998年)、ショーン・ペンの『ギター弾きの恋』(1999年)など、注目俳優の存在感を生かした作品も手がけているウディ。そのキャリアを辿るように代表作を観ていくと、映画監督として順調なステップアップを図ってきたことがわかる。

ケイト・ブランシェット - Lennart Preiss/Getty Images for ZFF

 そんな多彩な作風で旺盛な創作活動を続けてきたウディだが、『ミッドナイト・イン・パリ』以後もアメリカやヨーロッパなどを飛び回りながら、作品をコンスタントに発表している。そのなかでも舞台を再びニューヨークに戻した『ブルージャスミン』(2013年)は高い評価を得た。裕福なセレブ女性が貧しい生活へと落ちていく悲劇が描かれており、名作『欲望という名の電車』(1951年)と比較されるなど、主演のケイト・ブランシェットはさまざまな女優賞を受賞した。また、『マジック・イン・ムーンライト』(2014年)、『教授のおかしな妄想殺人』(2015年)ではエマ・ストーンをヒロインに迎えて、熟練した腕を披露した。

Dimitrios Kambouris/Getty Images

 しかしながら、最新作『A Rainy Day in New York / ア・レイニー・デイ・イン・ニューヨーク』は公開の危機を迎えている。セクハラや性的暴行を告発する「#MeToo」運動の盛り上がりによって、過去の養女への性的虐待疑惑が再燃。『君の名前で僕を呼んで』(2017年)でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたティモシー・シャラメが主演を務め、セレーナ・ゴメス、エル・ファニング、ジュード・ロウなど豪華な面々が顔を揃えたが、出演者たちが同作のギャラを性的虐待の被害者たちを支援するチャリティーに寄付すると発表する事態となっていた。これまでもウディの養女への性的虐待スキャンダルはたびたび俎上に載せられてきたが、今が最大の危機となっているといえるだろう。この窮地をウディがどのように乗り越えるのか、ただ見守るしかない。

参考文献

Peter J. Bailey, The Reluctant Film Art of Woody Allen (Lexington, Ky.: University Press of Kentucky, 2001)

Sander H. Lee, Woody Allen’s Angst: Philosophical Commentaries on His Serious Films (Jefferson, North Carolina: Mcf arland & Company, Inc., Publishers, 1997)

リチャード・シッケル著、都筑はじめ訳「ウディ・アレン 映画の中の人生」エスクァイア マガジン ジャパン刊

シネマトゥデイ編集部:大内啓輔