ハーバード大卒の若きエリート達による投資グループが起こした、実在の詐欺および殺人事件を映画化した『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』(11月10日より公開)。本作で初共演となった実力派若手俳優アンセル・エルゴートとタロン・エガートンは、“未熟な天才”たちのコントロールの効かない衝動を、どのように描いたのだろうか。

1980年代のアメリカを象徴するスキャンダラスな実話

本作の舞台は1980年代初頭のアメリカ。“西のウォールストリート”と呼ばれた金融街で、ハーバード大学を出たばかりの青年ジョー・ハントが、社交クラブ「BBC」(ビリオネア・ボーイズ・クラブ)の会員と名乗り、セレブたちをハイリスク・ハイリターンの投資に勧誘する。最初は敬遠していたセレブたちも、約束通りの額面の小切手を手渡されると、この新進気鋭の社交クラブ兼投資グループに熱狂した。しかし順風満帆かに思えたBBCの経営はその実、詐欺の積み重ねによって成り立っていた。そして、とある人物がBBCを裏切ったことを皮切りに、事態は取り返しのつかない悲劇へと転がっていく……。

この事件は、当時のアメリカ社会に大きな衝撃を与えた。1987年には、まだ裁判の一部が終わっていないにも関わらずTVドラマ化がなされている(TVドラマ版でジョー・ハントを演じた俳優ジャド・ネルソンは、本作ではジョー・ハントの父親として出演している)。事件関係者の証言には食い違いがあり、今なお数多くの疑惑が残っている事件だ。

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“大人”に翻弄されるアンセル・エルゴートとタロン・エガートン

BBCの設立者でありこの映画の主人公のジョー・ハントを演じるのは、『ベイビー・ドライバー』(2017年)のアンセル・エルゴート。そしてBBCの二番手にしてジョー・ハントの親友であったディーン・カーニー役に、『キングスマン』(2014年)のタロン・エガートンだ。

アンセル・エルゴートは『ベイビー・ドライバー』の主人公のあだ名“ベイビー”がぴったり似合う、まるい輪郭と桃色の唇がみずみずしいベイビーフェイスだ。あどけなさを残した表情と、低音ボイス・高身長のギャップが、ベイビーやジョー・ハントのような、心に少年の優しさを残した、まだ育ちきっていない未熟な天才役に似合う。そしてジョー・ハントもベイビーと同じく、海千山千の“大人”にその才能を利用され、自分ではコントロールの効かない事態を引き起こしてしまう。

『キングスマン』でチャヴ(イギリスの反社会的な若者)から英国紳士へと成長を遂げた青年エグジーを演じたタロン・エガートンは、本作では最初からワイドなシルエットのアメリカン・スーツを着こなした野心家だ。社交的で、セレブとのコネクションを豊富にもつが、仲間内からは“ミーン(意地悪)・ディーン”というあだ名をつけられている、腹の底の見えない人物である。たれ目・つり眉のタロン・エガートンは、やんちゃで小生意気な若者によくはまる。しかしエグジーと異なり、ディーン・カーニーには自分を正しい道へと導いてくれる“大人”は現れず、青い野心は危険な衝動へと向かってしまう。

『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』はジョー・ハントを主軸として進展するが、モノローグはディーン・カーニーが担当する。前述した通りの証言の食い違いの再現のようでもあり、自立しきれていない青年たちの、自他の境界の曖昧さを表しているようでもある。

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“ウルフ”になれない若者たち

1980年代アメリカ、多額の投資詐欺といったキーワードから、レオナルド・ディカプリオ主演の『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)を連想するかもしれない。クズ同然の株を掘り出し物かのように謳って売りつけ、ゼロから億万長者へとのし上がった投資家ジョーダン・ベルフォートの、狼のごとく獰猛なハングリー精神を描いた作品だ。

しかし『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』は、そのような“ウルフ”の話ではない。BBCの青年たちは大学を出たばかりで世間の荒波に揉まれておらず、さらにメンバーの多くは裕福な家庭の御曹司で、金銭的に困窮しているわけでもない。彼らを動かしたのは、もっと派手に遊びたいというシンプルな欲望、そしてひとかどの人物になったと思われたいという青くさい見栄だ。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』で言うならば序盤の、大手投資会社に就職して、先輩たちの背中を尊敬の目で見つめていた頃のベルフォートに近い。

パーティー、ブランド品、豪邸、ドラッグ。豪遊するBBCの青年たちは心の底から楽しそうに見える。そこには、大金を動かす恐怖を麻痺させるために薬物を摂取するベルフォートのような強迫観念はない。また、自分たちが成功者であることを誇示するためのマウントの取り合いもあまり見られない。シビアな現実をまだ知らない若者の万能感と余裕が伝わってくる。

一方で、ベルフォートのように「家族のために稼ぐ」と割り切ることはできず、金の先に学費や家のローンを払えなくなる相手がいることを意識し、責任を放棄して逃げ出すこともできないまま、行く手を見失ってしまう。彼らの心の底の、悪どくなりきれない良心が顔を覗かせている。

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巨額の金銭が巻き起こした事件が主題にも関わらず、『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』からは不思議と、どろどろとした欲望はあまり感じられない。それは、彼らが本当に欲しているものが金ではなく「尊敬」だからなのだろう。

映画内では、「金があるってのは尊敬されることだ」と繰り返し唱えられている。立派な家柄と箔のある学歴で褒めそやされ、輝かしい未来への道を回転の速い脳内に描きつつも、実際にはこれといった実績をもたないアンバランスな“ワナビー”たちが、無邪気に、かつ必死に、世間からの「尊敬」に手を伸ばしたがゆえに起きた悲劇だ。だからこそ、ショッキングな事件の犯人であるにも関わらず、青くさくて愚かで滑稽な彼らに、一種の愛しさすら感じてしまうのだろう。

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『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』は狼になりきれない、無邪気で甘ったれた、可愛くて哀れな仔犬たちの映画だ。メインキャストのアンセル・エルゴートとタロン・エガートンが「若手俳優」と呼ばれる今だからこそ体現できたみずみずしい衝動を、劇場で浴びてほしい。

(文/吉岡悠紀子@アドバンスワークス)