北野武を映画界に招き入れ、名作映画『ソナチネ』(1993年)を生み出したり、佐藤浩市・本木雅弘共演のハードボイルド映画『GONIN』(1995年)を放ったり、日本映画史に残る傑作・話題作・問題作を次々とプロデュースしてきた、映画界の伝説的巨人・奥山和由。

奥山は、約15年ぶりに監督したドキュメンタリー映画『熱狂宣言』(11月4日公開)を皮切りに、コンプライアンスがんじがらめの映画業界に熱風を吹かす構えだ。生気を取り戻したかのように改めて映画と向き合う奥山に『熱狂宣言』についてはもちろんのこと、『ソナチネ』『GONIN』続編企画、故・樹木希林さんから託された映画『エリカ38』誕生秘話を聞いた。

レジェンドプロデューサーが15年ぶりに放つ規格外ドキュメント

『熱狂宣言』は、外食産業がメインのDDホールディングス社長で若年性パーキンソン病を患っている松村厚久氏に迫ったドキュメンタリー。しかし、そこは松竹時代からソリッドな作品を生み出し続けている奥山。単なる企業ドキュメンタリーにはならない。

「実業家の多くは我欲が強くてずる賢いが、松村さんにその匂いはなかった。松村さんは多くを奪われる病苦をマイナスとは捉えず、開き直っている感すらあった。パーキンソン病という挫折によって松村さんの中で常識というものが弾けたからかもしれない。そんな松村厚久という人物に自分を仮託して、僕自身を鼓舞したかった」と極私的な方向性に。だから奥山も積極的に画面に登場する。

劇中で印象的なのは、病気の影響で思うように動かない体を持ちながらも、前面に自分自身をさらけ出して、仕事に遊びにアグレッシブに打ち込む松村氏の姿。撮影当時、奥山は人間としてもプロデューサーとしても人生に迷いを持っていたというが、松村氏に接して心境も変化した。

「松村さんは自分自身を絶対に否定しない。病気も欲望もすべて受け入れて笑う。“ダメな部分も自分なんだ”と認めるのは相当な意志が必要だが、松村さんは『病気もラッキー、自分は運がいい』と言い続ける。彼持ち前のα波にやられた」と冗談めかすが「思い切りのよさというものが、映画のクオリティを高める要素の80%を占める。ここ10年程、自分はそこがブレていたと思う。でもこの作品を撮ってからは、自分の向かうべき方向性が定まって、上手く歯車が回って行く感覚がある」と吹っ切れた表情だ。

松村厚久さんに第二章を歩んでほしい

ラストを「THE END」ではなく「SEE YOU」にしたのにも理由がある。「この映画を機に松村さんにはDDホールディングスを辞めて、第二章を歩んでほしいという思いがあるから。映画を観た人は松村さんの次の一歩を期待するはず。そこで現状と同じように社長のままだったら面白くないし、彼はDDホールディングスだけで終わる人ではないはず。次の一歩を踏み出した姿をカメラに収めて、それを本編に付け足す。そういう意味で本作は未完成」とかなり本気だ。

奥山和由 熱狂宣言 インタビュー

北野武、石井隆、ロバート・デ・ニーロ100%やる!

映画ファンが気になっているのは、『熱狂宣言』を通して映画製作への“熱狂”を取り戻したかの如くの奥山自身の今後。村上虹郎主演の映画『銃』が11月17日公開、大林宣彦監督の映画『海辺の映画館』、故・樹木希林さんが企画した『エリカ38』も着々と進んでいる。さらに、北野武監督による『ソナチネ』の続編、石井隆監督の『GONIN』シリーズの新作『SEVEN』、盟友ロバート・デ・ニーロとのタッグにも意欲的なのだから。

「武さんが『ソナチネ』の続編をやろうと言ってきたら100%やる。『SEVEN』も100%実現させるつもりで、村上虹郎と佐藤浩市も脚本の完成待ちで乗り気です。北野武主演、デ・ニーロ監督&出演でヘミングウェイ原作の『殺し屋』も実現させたい。まずは武さんと直接顔を合わせて相談しなくちゃ」と目を輝かせる。

そもそも北野監督と石井監督には並々ならぬ思い入れがある。「こういうものを作ろうと話をしていて、まったくの別物が生まれる監督がほとんどだが、2人の場合は納得以上の作品が必ず生まれる。特に石井監督の『GONIN』は脚本段階で“?”と思っても、完成したものはズバリだった。もはや自己陶酔の世界だけれど、完璧に自己陶酔をした作品には商品価値が絶対的にある。なかでも『ソナチネ』、『GONIN』は映画という総合芸術性を体現したものだ」。

託された樹木希林さんからの遺言的映画製作

奥山プロデュース作『いつかギラギラする日』(1992年)、『RAMPO』(1994年)などで信頼を得た樹木さんからは、“遺言”を託されている。それが「希林さんから『奥山さんらしい仕事をしなさい』と持ち掛けられたもので、自分らしい仕事は何かと知りたくて始めた企画」という、浅田美代子主演・樹木さんの遺作でもある『エリカ38』だ。

惜しくも樹木さんは完成品を観ることは出来なかったが、完成前のゼロ号試写は目にしている。その際に樹木さんは奥山に「映画としてのグレードはどう?」と聞いたそうだ。「希林さんが僕にそう聞くということは、作品の仕上がりに納得がいっていないということ。僕自身もこのままではダメだと思ったので、率直に意見を言った。そうしたら希林さんは遺言とも思えるような、ご自身が考える映画論を語り出した。それらを整理して日比遊一監督に伝えて作品を手直ししてもらったら、素晴らしい作品に生まれ変わった。その時に希林さんが僕に見せたかったのはこれなんだと初めてわかった気がした」。

当初、樹木さんは『樹木希林プレゼンツ』の文字をクレジットすることに対して「私は腐っても女優だからプロデュースに手を出したみたいなのは恥ずかしいことだから嫌なのよ」と反対し、小さく文字を入れることも拒んだそうだ。

「でも亡くなるちょっと前に、冒頭に“樹木希林プレゼンツ”という文字を入れていいと認めてくれました。エンドロールが出来上がって数日後に亡くなってしまったけれど、希林さんが女性の本性をテーマにした作品を最後に作ったというのは興味深い」とシミジミ。

独立系プロデューサー歴、今年で20年。現在64歳だが、ギラギラしている。「本来、映画というものは無法地帯。だからこそ無茶苦茶面白いことをしないと意味がない。もう死に体でいいと思っていた自分が『熱狂宣言』を撮ったことで、自分に『ふざけるなよ奥山、もっとやれ!』と言ってきた。それを実現するためには『熱狂宣言』をはじめとした作品で成功をおさめたい。そして周囲からの『もっとやれ!』という声を集めて新たな映画製作の道を作りたい。残された時間は長くないからね」と不敵に笑う。そう、これは奥山和由の熱狂宣言だ!

(取材・文 石井隼人)