伝説のロックバンドとして今も世界中で愛されるクイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーの半生を描いた『ボヘミアン・ラプソディ』(11月9日公開)。1991年に45歳の若さで逝去したフレディですが、影響力は今も絶大。没後17年を経てもなお、多くの著名人や音楽ファンを魅了するフレディとクイーンの魅力に迫ります。

ボヘミアン・ラプソディ クィーン

(C)2018 Twentieth Century Fox

クイーン結成の軌跡と革新的なサウンド・スタイル

1946年にフレディは、当時イギリス領だった東アフリカ・タンザニアにあるザンジバル島で生まれました。両親の故郷であるインドで幼少期の大半を過ごした彼は7歳の頃からピアノを習い始めます。

12歳で友人といくつかのバンドを組みますが、17歳の時に家族と共にイギリスへ移住。当地でも音楽活動を続け、1970年にギタリストのブライアン・メイとドラマーのロジャー・テイラーが所属するバンド、スマイルに参加。その時、バンド名を“クイーン”に改めます。そして1971年、オーディションで選ばれたベーシストのジョン・ディーコンが加入し、ここにクイーンの4人が揃うことになります。

クイーンのサウンドの特徴は、エレキギターの音をダビングすることで作り出されるゴージャスな音色と、フレディ、ブライアン、ロジャーの3人の声を多重録音した重厚なコーラスが挙げられます。

さらにロックンロールから、ハードロック、プログレッシブロック、ファンク、ディスコ、果てはゴスペル、オペラまで、あらゆるジャンルを組み込んだバリエーション豊かな楽曲群も魅力です。クイーンが生み出した多くの楽曲は、日本でもTVドラマの主題歌や、多数のCMに起用され、いまだに色褪せることなく、大勢のファンに親しまれています。

フレディ・マーキュリー 映画

(C)2018 Twentieth Century Fox

フレディの圧倒的歌唱力とパフォーマンス

クイーンの特徴として忘れてはいけないのが、フレディの圧倒的な歌唱力です。彼らの代表曲「ボヘミアン・ラプソディ」はバラード、オペラ、ハードロックという3つのジャンルで構成された6分を超える大作で、フレディは見事な歌声でこの楽曲をリードしています。

さらに、フレディの巧みなライブ・パフォーマンスも彼を語る上で欠かすことができません。多くの批評家や同業アーティストたちは、知らず知らずのうちに観客を巻き込んでしまう彼のステージ・パフォーマンスを“シアトリカル(演劇的)”と評しました。そんなフレディをリスペクトする声は数多く、現代のミュージック・シーンを駆け抜けるケイティ・ペリーやレディー・ガガといったミュージシャンたちが、彼に影響を受けたことを公言しています。

フレディのライブ・パフォーマンスの中でも、特に語り草となっているのが、1985年にアフリカ難民救済を目的に国やジャンルの垣根を超えて開催された20世紀最大のチャリティーコンサート「ライヴ・エイド」です。

メインステージとなったイギリスのウェンブリー・スタジアムに集まった72,000人もの観客を前に、フレディは見事なステージングで魅了。彼は広いステージを駆け回りながら、集まった音楽ファンを踊らせ、歌わせ、最後には一つにして感動的な空間を演出しました。この「ライブ・エイド」のステージは、映画の中でも大迫力の映像で再現されています。

ボヘミアン・ラプソディ ネタバレ無し

(C)2018 Twentieth Century Fox

イギリスのバンド・クイーンと日本人との熱い関係

クイーンは1973年に1stアルバム「戦慄の王女」をリリースしますが、イギリス国内のメディアからは酷評が相次ぎました。翌年には2ndアルバム「クイーンⅡ」をリリースし、全英5位のヒットとなりますが、相変わらず批評家からの評価を散々でした。そんな中で、欧米に先駆けて彼らのサウンドを、諸手を挙げて受け入れたのが日本のロック雑誌と若い女性ファンでした。

1975年の日本ツアーで初来日した際には、羽田空港に3,000人以上のファンが集結。メンバーがお忍びで東京タワーへ観光した時には、大勢の子どもに取り囲まれ、サインをせがまれたという逸話も残っています。

イギリスを拠点に活動する彼らにとって、遠い異国の地である日本での熱狂ぶりと、歓待はかなりの衝撃だったようで、初来日の翌年にリリースされた5thアルバム「華麗なるレース」には、歌詞の一部を日本語にした「手をとりあって」という楽曲を収録。メンバー自身も日本のファンとの結びつきを意識するようになります。新日家のメンバーの中でも、特にフレディは日本の美術品や骨董品に興味を持ち、来日時には絵画や家具を持ち帰っていたと言われています。

映画の公開に伴って、改めて注目が集まっているクイーンとフレディ・マーキュリー。彼らが残した珠玉の楽曲の数々と、華々しいキャリアの陰に隠された苦悩が映像化されることで、さらに大勢の心を掴むに違いありません。

(文/スズキヒロシ・サンクレイオ翼)