挫折は辛い。夢を諦めざるを得ない現実が襲い掛かってきたとき、それが長年追い続けてきた目標であればあるほど傷口は深い。女優の趣里も、そんな挫折を経験した一人だ。

幼少の頃からクラシックバレエに打ち込み、イギリスにも留学したが、怪我に見舞われた。懸命なリハビリをしても以前のように踊れない自分自身を認められず、自室に引きこもり、極限の精神状態に陥ったこともある。

これらは趣里にとっては忘れたい過去……だった。主演映画『生きてるだけで、愛。』(11月9日全国公開)に出会うまでは。

趣里『生きてるだけで、愛。』インタビュー

イギリスから帰国後は失意のゾンビ状態

原作は劇作家で小説家の本谷有希子氏が2006年に発表した同名小説。趣里は、現実世界との距離感が上手くつかめずに、同棲相手の部屋で引きこもり生活を送っている寧子を演じている。

言動はエキセントリックで、視点もどこかズレている。だが寧子もそのことを重々承知し、苦しみもがいている。そんな自分を変えて周囲との同化を図ろうとするが、すべて空回り。その姿は痛々しく、物悲しい。

身近な現実にいたら困惑を誘うようなキャラクターだが、趣里は「他人事ではないというか、寧子が抱える葛藤には理解できるものがあり、寧子を放ってはおけないとさえ思いました」と実感を持って共感することができたという。

脚本を読みながら頭に思い浮かんだ像は、挫折真っただ中の自分の姿だ。「4歳から始めたバレエは、人生の中で一番熱中し、打ち込んでいたものだったので、それがなくなってイギリスから帰国した後は、本当にゾンビ状態でした。今回の映画では必然的に当時の心境や感情を思い出して、寧子の絶望感と重ねていきました」と実体験を投影。

演技と日常の境界線をぼかすリアル

寧子への成り切りぶりは鬼気迫るものがある。目覚まし時計で自分の頭を何度も殴るシーンでは、たんこぶができた。夜の道を全力疾走するシーンでは古傷が痛むのを忘れるほどに走り、個室トイレで暴れる場面では「足首が捻挫しているのに、思い切り蹴飛ばしてドアが壊れた」と苦笑い。にもかかわらず「私生活にまで役を引きずることはなく、精神的に健康的な撮影でした。本番になったら集中して、カットがかかったらそれまで」と切り替えはしっかりとできた。

役に没入する一方で、客観性を忘れず、人が日常生活の中で無意識にやりそうな動作を演技に取り入れた。同棲相手の津奈木(菅田将暉)に対して理不尽な物言いをする時に、目の前のテーブルに置いてあるペットボトルにアゴを乗せて上下関係を際立たせたり、独り言で怒りを爆発させるときのセリフのイントネーションにもこだわった。

「自分がその状況だったらどうするかを考えて、アドリブでやりました。独り言ならば、相手がいて出る言葉ではないので、ついつい出てしまうというのを意識。ペットボトルにアゴを乗せるのは無意識です。日常的に私も、目の前に物があるとついついアゴを置いてしまう癖があるから」。演技と日常の境界線をぼかすことで、役に息が吹き込まれた。

趣里『生きてるだけで、愛。』インタビュー

女優として12年ぶりにイギリスへ

この主演作が最初に海外でお披露目されたのは、イギリスのロンドンで開催されたレインダンス映画祭。趣里は12年ぶりに、夢破れた地に女優として降り立ったわけだ。

「何か不思議な縁があるのかなと思った。バレエを諦めたことに対する答えはまだ出ていないけれど、この映画を通して『あの時に怪我をしてよかったのかも』と前向きに捉える自分もいました」と挫折を人生の糧として受け入れる余裕が生まれた。

女優活動は益々活発。嵐・二宮和也主演のTBS系連続ドラマ「ブラックペアン」(2018年)での好演も光った。そして主演映画『生きてるだけで、愛。』の存在感。

「バレエがダメになったときに、自分を救ってくれたのはエンターテインメント。映画やお芝居を観ているときだけ嫌なことを忘れて、明日の活力をもらっていました。そして自分も誰かに対して、そんな変化が生まれる作品に関わりたいと思ってやってきました。今回の作品を通して、自分の原点を振り返ることができました」。

挫折に打ちひしがれていた少女はもういない。女優という第二の舞台で、趣里は舞い踊っている。

(取材・文/石井隼人)